ポイントルーラー2

「……ははは、我ながらよく生きてるもんだ……」

 身体中の裂けるような鋭い痛みで目を覚まし、そんな乾いた声が自分の口から漏れた。
 目を僅かに開けて周りを見渡すが、部屋の中が家具やらガラスの破片やらが散乱しており、先ほどのドラゴンの凄まじさを物語っている。

「いや、もしかしたらさっきのは攻撃なんかじゃなく、単にあのクソったれなドラゴンの尻尾が当たっただけなのかもしれないな……」

 俺自身も重傷だが、言ってしまえばその程度で済んでいるのだ。
 しかし、ベランダから見たドラゴンの攻撃はこんなもんじゃなかった。
 奴がその気になれば、俺が住んでいるこのマンションくらいなら簡単に瓦礫の山に変えれるだろうからな。

 ……受けた俺からすれば攻撃には違いないが。

「まぁいいか。そんなことよりも、今は俺の怪我をどうにかしないと……」

 横たわったまま自分の腹に視線を向ける。

 運の悪いことに俺の脇腹の肉がえぐれ、大量の血が流れていた。
 今でさえ気を失いそうな痛みが俺を襲っているが、一度でも気を失えばそのまま死ぬんじゃないかと必死に堪えている最中だ。

「夢……じゃなかったな。今も死ぬほどイテェし」

 こんなふざけたことが現実だったなんて信じたくない。
 しかし脇腹の鋭い痛みが、これは現実だと訴えかけてくる。

 これが夢じゃないのなら、さっき獲得したステータスやスキルだってあるはずだ。
 というか、あってくれないとこのまま死ぬ。
 すぐに助けを呼べる状態ではないし、そもそも病院に行ったとしても助かるか微妙なほど血が出ているのだから。

 この状態で冷静に思考ができることが不思議なくらいだ。
 俺はドラゴンが襲ってくる前に行なっていた通り、心の中で『ポイント交換』と念じた。

「良かった。ちゃんと出るみたいだな」

 パッと画面が飛び出し、アイテム・食料・武器・防具・スキル・ステータスの文字が表示される。
 横たわったままの状態で、俺は迷わずアイテムの項目を指でタップした。

 アイテム一覧が表示され、ポーションを初めとしたファンタジーならではといったアイテムが並んでおり、とりあえず俺が購入できるポーションの中で一番高価な物を選択する。

 《『ポーション6級』は500ポイントです。交換しますか? YES or NO》

 徐々に薄れていく意識の中、なんとかYESの文字に触れる。すると、目の前に突然瓶のような物が現れた。

「これがポーションなのか? ……まぁ、違っていたらこのまま死ぬだけか」

 思わず乾いたような笑いが溢れた。

 今日こんなことが起きるなんて、いったい誰が予想できる?
 自分の命を運に任せるようなことになるなんて最悪だが、今の俺にはこんな方法でしか生き残る道は無い。
 どれだけ死にたくないと足掻いても、死ぬ時は案外あっけなく死んじまう。

 気絶しそうな痛みの所為か、これほど必死に足掻かずともこのまま諦めて死んじまった方が楽なのかもしれない、なんて考えてしまう。

 ……そんな事を思うと一瞬だけ、数年前に死んだ両親の顔が浮かんできた。

「――クソ……! なに諦めてんだ。こうなったら最後までしぶとく生き抜いてやるよ!」

 痛みでおかしくなっていた思考を戻し、鉛のように重い身体を最後の力を振り絞って動かす。
 そしてポーションの瓶を拾い、その全てを勢いよく飲み干した。

 口いっぱいに広がる苦味。飲み込んだ後から鼻を通り抜ける青臭いにおい。そして、いつまでも舌の上に残り続ける不快感。つまり――

「クソ不味い……」

 今まで飲んできた薬とは次元の違う不味さだ。できれば二度と口に含みたくないと思うほどの。

 だがポーションを飲み干してから数秒が経過すると、傷を負っている脇腹からシュー、という音が聞こえてきた。
 脇腹を確認すると、まるで早送りしているかのように傷口が塞がっていっている。

 ムズムズとした違和感もあるし、自分の身体の事ながら見ていてあまり気持ちの良いものではないな……。
 なので、出来るだけ傷口を見ないように数分間じっと耐えた。

「おぉ、完全に治ってる!」

 脇腹に感じていた違和感がなくなったので確認してみると、そこには元から傷なんて無かったかのような綺麗な肌があった。
 そしてスッと起き上がり、軽くストレッチを行いながら身体に不調がないか確かめる。

「すげぇな。さっきまで死にかけてたのに、今はすこぶる調子が良い。もしかして、あのポーションが効き過ぎたのか?」

 さっきまでの瀕死状態では、アイテムの説明文さえ読む余裕が無かったので『ポーション6級』の効果を確認することなく使用してしまった。
 もしかしたらもっと下の階級のポーションでも良かったのかもしれない。

 ……まぁ、下手にケチって死ぬよりは良いんだけどさ。

 そう考えると、あの時財布の中身全部突っ込んだのはかなりナイスだった。
 あの時はまだ夢を見ていると思っていて、だからこそ全ての金をポイントに替えようと思ったんだが、まともな人間ならこんなよくわからんものに金なんかかけないからな。

 その時、俺の腹がグゥゥと盛大に音を鳴らした。

「元気になったら急に腹が減ってきたな……。かと言ってこの惨状じゃ、買ってきた物なんて食えなそうだし……」

 そう言って俺はコンビ二で買ってきた袋――いや、袋の残骸を見る。
 弁当やお菓子もぐちゃぐちゃになっていて、とてもじゃないがこれを食おうとは思えない。
 もともと部屋には食い物が無かったし、あったとしても周りがこの有様では、どうせ無事では済まなかっただろう。

 もう一度買いに行こうにも持ち金は全部突っ込んでしまったから……あ!

「そういえば、ポーションを買った残りのポイントがまだ少しあったっけ」

『ポイント変換』には確か食料という項目もあったはずだ。
 チラッとしか見ていないが、普通のパンとかならば少ないポイントで交換できた筈だ。

 俺はさっそく『ポイント交換』のスキルを使い、食料の項目をタップする。
 食料一覧が表示され、見た感じではパンやおにぎりといった物ならかなり安いポイント、というか5ポイントで交換できるようだ。
 しかも500mlの水も同じく5ポイントで交換できるらしい。

「助かった。ベランダから見る限りもうドラゴンは居ないみたいだが、できれば外にはしばらく出たくないからな」

 あと数時間で日が暮れる。
 街にゴブリンみたいな奴がうろついているかもしれないから、今外に出るのはかなり危険だ。
 何箇所かで煙が上がっていたし、できれば外出は遠慮したい。

 何か情報を得ようとテレビに視線を向けるが、完全に大破している。
 ならスマホだ、とポケットから取り出すが、何故か圏外になっていて使い物にならなかった。

 クソッ! 今の状態で外の情報を集めれないのは辛いな……。

 あとでこのマンションの住人に話しを聞きに行くか。あのドラゴンの攻撃で生きていたら、だが。

 なんにせよ、ひとまずは腹ごしらえからだ。俺はさっそく、おにぎり2つと水1本を交換する。
 残りポイントはポーションを購入した事で101ポイントになっていたが、さらにおにぎりと水を購入した事で86ポイントにまで減っていた。

 ……早いうちに現金を手に入れた方が良さそうだな。
 食料以外にも武器や防具、スキルやステータスなんて項目もあるんだ。ドラゴンみたいな化け物が飛び回っている世界になった今、自衛できるくらいの戦力は確保しておきたい。

 そもそも、いったい何故こんなファンタジーみたいなことが起きてるんだ?

 昨日も今日も、変なことなんて何も無かった筈――

 

「あ……そういえば今日って、ネットでテロ予告があった日じゃないか?」

 

   

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