翌朝起きてみると、昨夜の綺麗な夜空が嘘のように天気はどんよりとしており、雲が太陽を覆っているというあいにくの空模様だった。
今にも雨が降って来そうな雰囲気だが、だからといって今日の予定を変更する訳にも行かない。
さっさと間宮姉妹の二人を送り届けないと、満足にポイント集めもできないからな。
「ふぁあ……まだ少し眠い。まぁ、昨日は寝るのが遅かったから仕方ないか」
ベッドから起き上がったが、どうやらまだ俺の身体は寝不足気味らしく、布団の中に戻るという誘惑が頭にチラついてしまう。
そんな誘惑に抗い、洗面所に行ってアイテムボックスの中からペットボトルに入った水を取り出し、それで顔を洗う。
これで少しは眠気も取れるだろう。
昨夜は雫と一緒に近くにあったコンビニへ行き、そこのATMから現金を手に入れたので、今の所持ポイントは225317とかなり増えている。
靴装備の分を取り戻すどころか、それをはるかに上回るプラス収支だった。
自分でも本当にチート能力だと思う。
疲れは多少残っているけど、昨日はポイントもドカッと増えたし言うことなしだ。
さて、そろそろ朝飯でも食うか。
他の三人には昨日のうちに食料と水を配ってあるので、わざわざ俺が渡しに行かなくても大丈夫だ。
しばらくはゆっくりできるだろう。
俺はおにぎりを食いながら今日の予定を頭の中で立てていく。
雅たちを見送って、そのあとはコンビニを回りながら知り合いの店に向かうとしよう。
たぶん死んではいないと思うけど、できれば無事にいて欲しいもんだ。
……あそこには俺のバイクもあるし。
ま、バイク云々は冗談にしても、あの男が死ぬ未来がちょっと想像できない。
俺がこうして生き残っているんだから、あいつもひょっこり生き残っているだろう。
「秋月さん、もう起きていますか?」
おにぎりを食い終わるとほぼ同時に、ドアの向こうから声が聞こえてきた。
「鍵はかかってないから入ってくれ」
俺がそう返事をすると、ぞろぞろと三人全員が部屋の中に入ってきた。
三人とも既に準備を終えていたようだ。
いつでも出発できるという空気をひしひしと感じる。
「出発する前に確認しておきたいんだが、確か雅は埼玉から来たんだったよな?」
「そうですそうです。ちょうど東京に面している地域に住んでいました」
「了解だ。それじゃあ今日は埼玉への県境まで連れて行ってやるから、俺と雫とはそこでお別れになる。二人はそのつもりでいてくれ」
「えっ!? 千尋さんたちも一緒に避難するんじゃないんですか?」
雅は驚いたようにそう言った。
そういえば昨日も同じような反応を雫がしていたな。
「俺はまだ少しやることがあるから、まだ東京から出て行く訳にはいかないんだ。そんで雫もそれに付き合ってくれるらしい。だから、避難するのは雅と志保の二人だけだ。言っておくが、お前らが付いてくるってのは無しだからな?」
「うぐっ、まだ恩返しできてないのに……」
要らないと言っているというのに、何故こうも雅は恩を返そうとするのか。
全く理解できん。
そして、そんな彼女の妹である志保は、昨日のことを気にしているようでチラチラと俺の様子を伺っている。
……こっちはこっちでめんどくさい。
昨日は少しだけイラついてキツいことを言ってしまったが、今はもう全く気にしていないんだ。
辛気臭い顔は止めて欲しいものである。
「志保からも何とか言ってやってくれ。このままだと無理やり引っ付いて来かねない」
「え、あ、はい。お姉ちゃん、これ以上は秋月さんの迷惑のなっちゃうんじゃない?」
「うぅ、そう言われると言い返せない。……あっ、そうだ!」
何かを思い付いたらしい雅は、部屋のメモ用紙に何やらツラツラと書き始めた。
そしてそれが書き終わると、その紙を俺に差し出してくる。
「ならこれを渡しておきます」
「なんだ?」
「そこに私の住所と電話番号を書いておきました。千尋さんたちが東京から出た時にそこに連絡してください。千尋さんには返しきれないほどの恩があるので、少しづつでも恩返しがしたいんです」
なんともまぁ……律儀なことだ。
どうやら本気で恩を返さなければ気が済まないらしい。
ここは適当に話を合わせていた方が良さそうだ。
「ああ、わかった。気が向いたら連絡するわ」
「絶対に、です!」
「わかったわかった。必ず連絡する」
ま、ほんとに連絡するかは微妙かな。
めんどくさかったらしないし、気まぐれを起こせばするかもしれない。
そんなことを俺が考えているとは思ってもいないだろう雅は、俺が言った連絡するという言葉を信じて笑顔になった。
……騙しているみたいで多少良心が痛む。
だが俺の性格上、何日かすれば忘れてしまう可能性がかなり高い。
「無事全員の納得が得られたところで、そろそろ出発しよう。今から出れば昼ごろには東京を出れるだろう」
そうして俺たちは一晩を明かしたビジネスホテルを出発し、埼玉県を目指し始めた。
道路には放置された車や瓦礫があり、まともに運転などできる状態ではないので、終始歩きでの移動となる。
とはいえ、道中は思っていたよりもトラブルは起こらなかった。
多少モンスターと遭遇することはあっても、雫がパパッと撃ち抜くか、俺がちゃちゃっとブチのめすかのどちらかだ。
もはや雑魚程度ではいくら群がって来ても問題にすらならない。
徒歩では辛い距離だったが、そうして数時間も歩いていればあっさり県境へと到着することができた。
「そろそろ埼玉に入るはずだが……ありゃなんだ?」
思わず俺の口からそんな言葉が飛び出す。
視線の先に広がっているものは、結構な大きさの壁。
二階建ての家よりも小さいくらいの高さで、それが関所のように建設されている。
もちろん、以前は道の真ん中にあんな物は無かった筈だ。
恐らくはモンスター対策の一環で、住民を安心させる為に『とりあえず建ててみました!』ってところだろうか。
「あ、向こうに自衛隊の車両と隊員の人たちが見えます。あの人たちに二人を保護してもらうのはどうですか?」
「そうするか。よし、ほら行け。元気でな」
アイテムボックスから志保の荷物が入ったキャリーバッグを取り出し、それを彼女に手渡す。
あまりにもあっさりとした別れの言葉に、雅が悲しそうな表情を浮かべた。
「そ、そんな犬猫とのお別れじゃあるまいし、もっと別れを惜しみましょうよ……」
「んなこと言ってもなぁ。たかが一日二日一緒にいたぐらいで別れが辛くなることもないし、それにまた会うんだろう?」
「あ……は、はいっ。そうですね!」
悲しそうな表情が一変し、笑顔となった。
◆◆◆
「雅さんって笑顔の絶えない人でしたね……疲れないんでしょうか」
「なに言ってんだ。笑顔はコミュニケーションを円滑にする潤滑油だぞ。時と場合にもよるが、ニコニコ笑っていれば大抵の事は乗り切れる。お前なんて特にそうだと思うぜ?」
「私が、ですか?」
「老若男女問わず、美少女の笑顔が嫌いな奴なんてのはよほどの捻くれ者くらいだろう。折角そんな武器があるのに使わないなんて、人生だいぶ損している気がするな」
「美少女……ですか。そうですか」
あれ?
こいつ、いっちょ前に照れてやがるみたいだ。
一応言っておくが、いくら美少女だとしても中坊相手に惚れた腫れたなんていう話はあり得ない。
胸の部分の薄さから言って、俺からすれば少なくとも後五年くらいは恋愛対象外だな。
見た目の好みだけなら、雫より雅の方が断然タイプだし。
「……何かとても失礼なことを考えていませんか?」
おっと、雫が下からジト目を向けてきている。
「いやいや、雫は将来が楽しみだなーってさ」
「……まぁいいでしょう」
うん、相変わらず雫は勘が鋭いみたいだ。
ここからは二人行動に戻るんだし、迂闊なことは考えないように注意しないとな。
「ほら、もたもたしてないで行こうぜ」
「はいっ……〝千尋さん〟」