玉狛支部には強化人間がいるらしい。4

 朧の視線の先には、すっかり廃墟と化してしまった市街地が広がっている。
 そこら中に爆撃でも受けたかのような酷い有様で、まるで紛争地帯のように見るも無残な光景だった。
 かつて起こったネイバーの大規模侵攻でも、ここまでの惨状ではなかっただろう。

 そんな場所にたった一人でポツンと佇む朧は、何かを考えるようにジッと目を瞑っていた。

「…………そこか」

 すると、朧はおもむろに両手に持った巨大な拳銃――『ジェミニ』を前方にある家屋に向けて連射し始める。
 一つ一つに圧倒的な破壊力を秘めている銃弾が一斉に着弾し、あっという間にその家を木っ端微塵に破壊した。

 その凶行は間違いなく朧が自分の意思によって引き起こしたものだ。
 破壊されたその家はなんの変哲も無い普通の家であり、いくらこの空間が仮想現実であったとしてもあまり褒められた行為ではない。

 しかし、朧がそんな無意味な行為などするはずがなかった。

「――だから何であたしの居場所が分かるのよ!」

 舞い上がった爆煙の中から、焦った様子の小南が飛び出てくる。
 身体から僅かにトリオンが漏れ出しているところを見ると、先ほどの攻撃はまったくの無傷というわけにはいかなかったようだ。

「勘だ」

「ホントにアンタのサイドエフェクトって反則よね!?」

 次々と高速で飛んでくる凶悪な弾丸をかわしながら、小南は心からの叫びを口にする。

 小南が言ったサイドエフェクトとは、優れたトリオン能力を持つ者が稀に発現する特殊能力のことだ。
 人間が本来持っている能力の延長線上にあるもので、ある者は動物と意思疎通ができたり、またある者は非常に聴覚が優れていたりとその能力は多岐にわたる。

 そして、朧が持つサイドエフェクトは――『超直感』。

 人間ならば誰しもが持っている、いわゆる勘と呼ばれるものが、朧は非常に優れているのだ。
 言葉で言えば大したことがないようにも聞こえるが、この能力はとんでもなく強力なサイドエフェクトである。

 敵が潜んでいそうな位置を『なんとなく』攻撃してみれば見事命中した。
 敵からの攻撃を『なんとなく』で動いてみると回避できた。
 嫌な予感がしたので『なんとなく』待機していると、その先には無数の罠が仕掛けられていた。

 そんな『なんとなく』で限りなく最高に近い結果を引き寄せてしまうのが、朧のサイドエフェクトなのだ。
 どれだけ策を練ろうとも、どれだけ技の練度を高めようとも、朧はそれを『なんとなく』で容易く突破してしまうのである。
 これほど理不尽なことはないだろう。

 その上、朧の戦闘力を支えている根幹部分はそれだけではなかった。

「ったく、相変わらず冗談みたいなトリオン量だわ! 少しくらいは節約って言葉を考えながら戦いなさいよ!」

 朧が小南を相手に圧倒的優位であり続けられる理由、それは莫大なトリオン量と正確無比な射撃能力である。

 少し遮蔽物から頭を出せば、容赦ない攻撃がドンピシャで飛んでくる。
 的を絞らせないように高速で移動すれば、隙間の無い弾幕を張られて蜂の巣にされる。
 そしてそこにサイドエフェクトである超直感が加われば、もはや強力を通り越して理不尽と言われてしまうのも無理はない。

 もちろん、朧とはもう何度も模擬戦をしているので、こういう戦いになるということは小南にも分かっていた。
 分かっていたのだが、こうも隙のない弾幕を張られてしまえば悪態のひとつも吐きたくなるというものだ。

 こちらが少しでも動きを見せれば、まるでその動きを読んでいたかのように大砲のような銃撃が飛んでくる。
 それどころか、動きを止めて息を潜めていても攻撃が飛んでくることは珍しくない。
 これでは攻撃する以前に近づくことさえできなかった。

「――でも、今日のあたしは一味違うんだからね!」

 銃撃が止んだタイミングを見計らい、小南は隠れていた廃墟の物陰から飛び出した。
 向かうはただひとつ、朧の所だ。
 戦いに勝つには逃げ回っているだけでなく、相手を攻撃して倒さなければならない。
 今のままでは、これまでの戦いと何ら代わり映えのない勝負になってしまう。

 あれだけ威勢良く啖呵を切っておいて、何もできないまま終わることは先輩としてのプライドが許さなかった。
 それに、この絶望的な戦いの中でも、小南自身はまだ朧に勝ち越すことを諦めてはいない。

 朧を視界に捉えた小南は、地面を思いっきり蹴飛ばして人間離れした速度で肉迫する。

「……自棄を起こしたのか?」

 小細工なしで向かってくる小南に対してそう呟きながらも、朧はその考えをすぐに否定した。

 普段の小南は典型的な直情型で、考えるよりも先に行動することが頻繁にある。
 よく玉狛支部の面々に揶揄われているし、嘘をつくことも疑うこともまったくできないような純真な少女だった。

 しかし、こと戦闘に関してはまったくの別物だ。
 誰よりもクレバーに戦い、経験に裏打ちされた確固たる自信と考えを持って相手と戦う、言わば戦闘のプロフェッショナルな人物である。
 少なくとも、朧は小南のことをそう評していた。

 そんな彼女が無策で突っ込む?
 あり得ない。
 朧が知っている小南 桐絵という少女は、それほど簡単に勝負を捨てるような愚か者ではないのだ。
 つまり、一見すると無謀にも思えるこの突撃は、何かしらの思惑があっての行動なのだろう。

 ――面白い。

 朧は戦闘の高揚感からか、そんな感情が胸中に広がっていくのを感じていた。

 向かってくるというのならそれを迎え撃とう。
 これほどまでに心踊る戦いは久しぶりだ。
 願わくば、この時間が永遠に続いて欲しいとさえ思う。

「さぁ来い、桐絵」

 そう言い放つ朧の姿は、まるで魔王のようにも見えたらしい。

 

   

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