玉狛支部には強化人間がいるらしい。5

 このままでは危険だと、直感が警鐘を鳴らしている。
 一見、無謀な特攻を仕掛けているように見える小南に対してだ。
 朧が持つサイドエフェクト、『超直感』の精度は100パーセントであり、今まで間違いだったことは一度も無い。
 それはつまり、小南のこの攻撃が考えなしの愚かな行動ではないということの証明だった。

「何か考えがあるみたいけど、物量で圧殺してあげるよ」

 淡々とした言葉を呟き、今まで全力の4割程度にセーブしていた弾幕を限りなく全力に近いところまで引き上げた。

 たとえ小南にどのような思惑があろうとも関係無い。
 朧には、それを正面から押し潰せるだけのトリオン量があるからだ。
 思いつきの生半可な策では朧を倒すどころか勝負にさえならず、むしろ彼にとって良い的にしかならないのである。

「くっ、はぁぁぁあああああああ!!」

 咆哮のような声を上げ、正面から立ち向かってみせる小南。
 小南はそれを常人離れした反射神経でかわし、かわしきれない銃弾は両手に持った二刀流の孤月で弾いていく。
 一歩間違えれば一撃でゲームオーバーとなる無謀な行動だ。
 並みのボーダー隊員が同じことを行えば、まず間違いなく一瞬で消し飛ぶだろう。

 だが、小南は針に糸を通すような正確さと、持ち前の大胆さでそんな死線を潜り抜ける。
 ただの一度も被弾せず、朧の元へと駆け抜ける姿にはいっそ感動すら覚えるほどだ。

 しかし、それでも朧が撃ち出す弾丸はひとつひとつが大砲並みの威力を孕んでいる。
 どれだけ上手く受け流そうとも、その度に小南の武装である孤月が悲鳴を上げ、僅かなヒビが徐々に大きく広がっていた。

 小南自身にダメージが入っていないのは流石と言えるだろうが、このままでは朧の元に辿り着く前に力尽きてしまうのは誰の目から見ても明らかである。
 距離にして50メートルほどしかないこの短い距離が、小南にはフルマラソンよりも長く険しい道のりのように感じられた。

 そしてついに小南が振るっている孤月が耐えきれずに壊れた、そう思った次の瞬間、弾丸の雨に晒されたかに思えた小南の姿がかき消えた。

「消えた……? テレポーターか」

 朧は慌てず、即座にそう断言する。
 おそらく小南が使用したのは、ボーダーが開発したトリガーのひとつである『テレポーター』と呼ばれるものだ。
 その性質上、移動できるのは視線の先だけではあるが、瞬時に移動できるという優れものである。

 しかし、テレポーターで移動できる距離には制限があり、精々数十メートルほどの距離しか移動できない。
 自分と小南との距離を詰められる恐れはないと、朧はそう判断した。

 では彼女は何処に消えたのか。
 思考を加速させ、時間にして1秒にも満たない僅かな間に考えを巡らせ……中断する。

 完全に小南の姿を見失ってしまったが、それでも朧にとっては大した問題にはならない。
 何故なら朧には、どのような状況にも対応できるだけの武器があるのだから。
 自身の直感の赴くまま、両手の銃を向ける。

 朧が銃口を向けた先は――空だった。

「ちょっ! 今のは完全に死角だったでしょ!?」

「惜しかったな。俺じゃなかったら気付かなかった」

 事実、朧の観察眼を以ってしても小南の行動を予期することはできなかった。
 彼女はまず、テレポーターで上空に瞬間移動し、そのあとグラスホッパーを使用して空中を跳躍したのである。
 これを朧の完全な死角で実行できたのは、小南の才能と努力の結果に他ならない。

 もしも超直感による危機回避能力が無ければ、朧であっても気づかぬうちに倒されていただろう。

「でもまぁ、この距離まで近づければ問題無いわ!」

 銃の引き金を引かれる前に、小南は再びテレポーターを発動した。
 今度移動する先は上空ではなく、朧のすぐ後ろ。
 朧が振り返った時に目に入ったのは、既に攻撃のモーションに突入していた小南の姿だった。

 回避は、不可能。
 左手に持っていたジェミニの片割れを収納し、自分の前にシールドを張る。
 このシールドもトリガーのひとつだ。
 そして、そのシールド越しに右手にあるもうひとつのジェミニを小南に向けて構えた。
 小南の攻撃を防いだ後、即座に撃ち抜くつもりである。

 しかし、ここで朧の超直感が最大限に危機を伝えてきた。

「――っ! そのトリガーはまさか……!」

「試作型トリガー『双月』よ! そんな貧弱なシールドじゃあ、コイツの攻撃は防げないわ!」

 小南が持っているのは孤月……ではなかった。
 彼女の頭身よりもはるかに大きな、斧。
 現在玉狛支部で開発しているという斧型のトリガーである。
 それがまさか試作型とはいえ、既に開発されていたとは思わなかった。

 話に聞いていた双月の威力は、孤月の比ではないという。
 朧は孤月を想定してシールドを張っていたので、このままではシールドごと自身の身体を真っ二つにされてしまうかもしれない。

 朧は急遽、シールドに大量のトリオンを流し込む。
 それはあまりに苦し紛れの行動だったが、何もしないよりは遥かにマシである。
 トリオンを一切ケチらずにあらん限りの量を流し込み、朧は小南の攻撃に備えた。

「どっせぇえええい!」

 そんな掛け声と共に、朧が張ったシールドに小南が振るう双月の刃が突き刺さる。
 それは咄嗟に朧が大量のトリオンで補強したシールドの壁を容易く破り、一向に勢いを落とすことなく朧へと向かってきていた。
 朧にはそれがひどくスローモーションに感じられる。

 そして――

 

 ◆◆◆

 

「ったぁぁああ! また負けたぁ! 今回は結構自信あったのにー!」

 訓練室から出てきた小南は、頭を搔きむしりながら悔しさを滲ませた声を上げる。

 朧から見事勝利をもぎ取った小南だったが、その後はギアが一つ上がった彼に言いようにあしらわれてしまう展開が続いてしまった。
 そして結局、10本勝負の試合結果は朧の8勝2敗である。

 1本目に朧から勝ちを掴んだのはこれが初めてであり、大きな進歩ではあったが、小南が納得できる結果ではなかったようだ。

「朧くんから初戦を勝ち取ったのは小南が初めてなんじゃない? 十分に大金星だと思うよ?」

 小南が朧に正面から打ち勝ったことに内心では驚いている栞が、努めていつもと変わらない口調で声を掛けた。

「今回は勝ち越すつもりで挑んだの。それが結局、初戦以外はいつも通りに朧のペースだった。悔しいに決まっているじゃない……」

「そんな事はない。サイドエフェクトが万全の状態で倒されたのはこれが初めてだ。迅や太刀川にだって負けた事はないのだから、小南は間違いなくボーダーで最高の戦闘員だよ」

「朧……」

 小南の後に続いて訓練室から出てきた朧が、気落ちした様子の小南を宥める。

 朧が言ったのはただの慰めではなく、本心からの言葉だった。
 万能のようにも思える朧のサイドエフェクトだが、実はひとつだけ弱点がある。
 それは、戦闘時間が長引けば長引くほど、発揮する直感が鈍くなるというものだ。

 故に朧の勝率は連続で戦闘を重ねる毎に低くなっていき、10本勝負の最後の試合ともなればほとんど直感は働かない。
 今までの朧と小南の試合も、そのほとんどが最後の試合かそれに近い試合だった。

 もっとも、直感が鈍くなると言っても朧自身が弱くなる訳では当然ない。
 桁違いなトリオン量、正確な射撃能力といったサイドエフェクト以外の部分だけでも、十分に朧はボーダー内でトップクラスの実力を持っているのだから。

「それに……まだ諦めてないんだろう?」

 落ち込んでいた小南に、再び闘志の炎が灯った。
 今夜はまだまだ始まったばかりである。

 

   

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