玉狛支部には強化人間がいるらしい。7

 朧、ユリ、レイジ、そして京介の四人がリビングで談笑していると、部屋の外からドタドタと階段を駆け上がってくる音が聞こえてくる。
 この支部に忙しなく階段を駆け上がってくる者など一人しかいない。

 この場にいる全員が同じ人物の顔を思い浮かべる中、勢いよくドアが開かれた。

「さぁ、朧! 昨日の続きをやりましょうか!」

 姿を見せると同時にそう言い放ったのは、当然のように小南であった。
 ジャージ姿で登場するところに彼女の女子力の低さが如実に現れているのだが、そんな些細なことは本人も含めて誰も気にしてはいない。
 パジャマ姿ではないだけ幾分かマシである。

 そしてもちろん、後頭部からピョンと飛び出しているアホ毛は相変わらずだった。

「今日はダメだぞ? 来週にはランク戦があるから、このあと本部からいくつかのチームに来てもらうことになっている。朧とユリさんは本部の方に行くらしいから、なおさら朧とは戦えん」

「な、なんですって!?」

 しかし、冷静な口調で隊長であるレイジが無慈悲にそう切り捨て、小南はガーンという効果音が聞こえてきそうになるくらいに絶望した表情を浮かべる。

「小南ちゃん、昨日あれだけ朧くんと戦ったのにまだ満足していないの?」

「だってまだ全然朧に勝ち越せてないのよ? 悔しいじゃない!」

 小南はピシッと朧を指差してそう言った。

「昨日は危なかった。最後の方は危うく引き分けになりそうだったし、初戦で黒星がついたのは初めてだ。本当に驚いたよ」

「っ! なら朧もみんなを説得してよ。今日はいける気がするの!」

「でも今日はダメだ。俺も集団戦闘での立ち回りを練習しておきたいから。この前のランク戦では大勢に囲まれて結構危なかったし」

「ぐぬぬ……」

 味方を見つけたと思った小南だったが、朧からもそう言われてしまえば引かざるを得ない。
 それにランク戦までもうそれほど時間がなく、個人技よりもチームワークを高めておきたいというレイジの言い分が正しいことも分かる。

「……はぁ、わかったわ。今日は諦める」

 ここでいくら駄々を捏ねても、それはチームの和を乱す結果にしかならないだろう。
 不承不承という感じではあったが、小南は納得したようだ。

「うんうん、えらいえらい。これ食べて。小南ちゃんと栞ちゃんの分はちゃんと取ってあるから」

「ありがとう、ユリさん」

 小南もユリに対してだけは素直な反応を見せる。
 明らかにテンションが下がっていたにもかかわらず、朝食のサンドイッチを食べ始めるとみるみる機嫌が直っていった。

 普段から姉のように慕っているユリが相手では、いくら小南といえども大人しくなるのだ。

「それで、あたしたちの訓練相手には誰を選んだのかしら? まさか中途半端なヤツらを呼んでないでしょうね?」

 朝食を食べ、すっかり機嫌が良くなった小南はレイジにそう問いかけた。

「大丈夫だ。心配しなくても、B級の上位チーム2組とA級のチームを呼んでいる。退屈な訓練にはならんだろう」

「へぇ、確かにそれなら結構楽しめそうだわ。朧たちは?」

 レイジとユリの二人は咄嗟にまずい、とそんな表情を浮かべる。
 そして、『余計なことは言わないでくれ』といった視線を朧に向けた。

 しかし無情にも二人の顔に気づくことなく、朧は口を開いてしまう。

「こっちはユリが組んでくれたんだ。それでA級チームから何人かが相手をしてくれることになってる。だから、相手は今回限りの即席混合チームだな」

「えっ!? なにそれ! ……ねぇレイジ――」

「駄目に決まっているだろう」

 小南が何かを話す前に、それをレイジが遮ってそう言った。

 レイジと小南は知り合ってからそれなりに時間が経っている。
 それこそ今のボーダーの体制が築き上げられる前の旧ボーダー時代からの付き合いだ。
 それだけにA級隊員による混合チームなんて言葉を聞けば、彼女が何を言い出すかなど分かりきっていた。

「……まだ何も言ってないわよ」

「じゃあなんだ、言ってみろ。もしかしたら俺の早とちりかもしれないからな」

「あたしも朧の方の訓練に参加してもいいかしら?」

「駄目に決まっているだろう」

「結局一緒じゃない!」

 改めて同じ言葉で拒否され、思わず叫んでしまう小南。

 当然と言えば当然の結果ではあったが、それで彼女が納得できるというわけではない。
 そんな彼女に、まぁまぁと京介が宥めてみせる。

「大人しく諦めましょうよ、小南先輩。こっちにだってA級の人たちがチームで来てくれるんですから、十分に有意義な訓練になりますよ」

「とりまる、アンタはA級隊員の混合チームに興味ないわけ?」

「興味がないとは言いませんけど、A級と言っても所詮は即席チームです。連携の参考にはならないでしょうし、わざわざ今の時期に戦いたいとは思いませんよ。ユリさんも戦闘員が朧ひとりの六道隊だからこそ、相手を混合チームにしたんじゃないですか?」

「フッフッフ。中々鋭いね、京介くん。その通りだよ。朧くんに必要なのは強い相手との戦闘だからね。それならいっそ暇なA級隊員を集めてみようってわけ」

 六道隊には朧以外の戦闘員がいないため、自分たちの連携について考える必要はない。
 朧は目の前の敵を倒すことだけを考え、相手チームの動きはユリが先読みして朧に伝える、それが六道隊の戦い方だった。

 だからこそ、相手が即席のチームであっても良い訓練になるのである。

「諦めろ小南。A級に上がればランク戦でいくらでも戦えるだろうから、それまで我慢だ」

「むぅ、わかったわよ。もうワガママ言わない」

 同じ隊の後輩である京介にまで諭され、駄目押しとばかりにレイジからもそう言われた小南は、今度こそ本当に諦めたようだ。
 心なしか後頭部から飛び出しているアホ毛にも元気が無くなっている。

「朧、あたし以外に負けるなんて承知しないんだからねっ?」

「ああ、負けるつもりはない」

 小南なりの朧への激励だろう。
 これで朧にも負けられない理由がまた一つできた。

 そこでふと、レイジが時計に視線を向けた。
 時計の針は午前9時を指しており、そろそろ準備を始めなければならない時刻である。
 特にオペレーターである栞は戦闘員と比べても、事前にやっておかなければならない準備がはるかに多い。

「おい小南、そろそろ栞を起こしてきてくれ」

「はーい」

 レイジから頼まれた小南は、サンドイッチを片手に栞の部屋へと向かう。

「じゃあ朧くん、私たちも本部に向かうとしましょうか。あんまり遅いと、あの人たちは私たち抜きで勝手に始めちゃいそうだから」

「わかった」

 朧とユリも本部へ行くための準備を始めた。

 A級隊員であれば相手にとって不足はない。
 このところ玉狛支部に所属する隊員としかまともな勝負ができていなかった朧にも、今回の訓練は良い刺激になるだろう。

 朧は今回の訓練相手を用意してくれた、六道隊のオペレーターにして唯一のパートナーであるユリに改めて感謝した。

 

   

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