玉狛支部には強化人間がいるらしい。8

 朧とユリは現在ボーダー本部に向かって車で移動中だ。
 運転しているのは、大学生で車の免許を持っているユリである。
 彼女の叔父である玉狛支部の支部長、林藤 匠から譲り受けた国産の高級自動車を運転し、整備された道路を快調に飛ばしていた。

「今回は今までの相手よりもかなり手強いわよ? わかっていると思うけど、個々の実力は小南や迅くんクラスと考えておいて。連携に関しても、A級ともなれば即席でそれなりに合わせてくるかもしれない。でもまぁ、私は朧くんなら十分に渡り合えると思っているわ」

「ユリのサポートがあれば、俺は誰にも負けないよ。たとえA級の部隊が相手でも必ず勝てる、そんな気がするんだ」

「ふふっ、オペレーターとしてはこれ以上ないくらいの褒め言葉ね。いつの間にか朧くんが頼もしい隊長になってくれたみたいで、六道隊のオペレーターとして私も鼻が高いわ。一緒に頑張りましょう」

 ユリは本当に嬉しそうに弾ませた声でそう言った。

 これほど仲の良い姉弟にも見えるこの二人だが、実は朧とユリがパートナーになってからまだそれほど月日は経っていない。
 具体的に言えば、まだ六道隊を結成してから一年も経っていないのだ。

 今ではお互いに信頼し合っている理想のパートナーなのだが、結成当初には少し……いや、かなり問題が多かった過去を持つパートナーでもある。
 もちろん、その問題というのはほぼ全てが朧に原因があった。

 当時の朧を一言で言い表せば、狂犬。
 今でこそユリ、そして玉狛支部の尽力によって丸くなってはいるが、以前は誰にでも噛みつき、誰からの指図を受け付けない……そんな精神的に危うい存在だったのである。

 故にユリは、朧が自分に対して全幅の信頼を寄せているという事実に胸が熱くなったのだった。

「でも俺は、今でもユリが隊長をするべきだと思う」

 ふと、朧の口からそんな声が漏れた。

 その言葉は紛れもなく本心であり、嘘偽りの無い朧の正直な気持ちだ。
 朧は自分とユリを比較した時、隊長としての適性があるのは間違いなくユリの方だと自信を持って断言できる。
 それはユリがオペレーターであることを考慮しても変わらない。

 自分が隊長に向いていないことは、朧自身が誰よりもよく分かっているのだ。
 だからこそ、朧は自分ではなくユリこそが隊長に相応しいと本気で思っていた。

 しかし、朧がそう言った時のユリの返事はいつも決まっている。

「あら、私が隊長になったら新しく隊員を加入させちゃうけど、それでも良いのかしら?」

 そう言えば朧が何も言えなくなることを、ユリは知っていた。

「……やっぱり俺が隊長をする。絶対に」

 先ほどの意見を翻し、朧は苦い顔を浮かべながらも隊長を続けることを口にする。
 その反応はいつも通りのものだったとはいえ、あまりに渋い顔をした朧にユリは思わず苦笑した。

「冗談よ。今の六道隊に誰かを入れても、きっと朧くんの助けになるどころか邪魔にしかならないもの。それに朧くんの場合、邪魔だったら味方でも容赦なく敵ごと撃ち抜こうとするでしょ? そう簡単に新しいメンバーは入れられないわ」

「あれは意表を突いた攻撃と言ってほしい。それに、咄嗟に身体が反応してしまうんだから仕方ない」

「開き直るんじゃないわよ、まったく」

 もしもユリが運転中でなければ、おそらく頭を抱えていたに違いない。

 朧は自分から誰かに歩幅を合わせられるような性格はしておらず、味方が邪魔だと感じれば、その味方ごと敵を撃ち抜こうとさえするのだ。
 そしてそれは性格的に丸くなった今でも変わることはなく、朧の本能として身体に染み付いていた。

 味方にも撃たれるかもしれない隊に入りたいという物好きなど、普通は居ないだろう。

「迅とか小南くらい動けて、レイジや京介みたいに考えて戦える隊員なら大歓迎だ」

「そうね、そんな人が居たら是非とも六道隊に誘いたいわね。居たら、だけど」

 六道隊に追加メンバーが入隊する日はおそらく永久に来ないだろう。
 ユリはハンドルを握りながら内心でそう思った。

「でもまぁ、できれば俺はこのままユリと二人がいいと思ってる」

 それを聞いたユリは、小南を揶揄っている時のような何かを企んでいる表情を浮かべ、助手席に座る朧にチラリと視線を流した。
 小南やレイジくらいとは言わないまでも、面白い反応を期待して。

「ふーん? それって、私と二人だけの時間は誰にも邪魔されたくないってことかしら?」

「ああ、そうだ」

「……くっ! 私としたことが、朧くんにはこれが通じないことを失念していたわ……」

 しかし、動揺を誘うどころか表情一つ動かさない朧に、ユリはすっかり毒気を抜かれてしまった。
 むしろあまりにも自然体だったため、逆に自分の方がドキリとさせられてしまう始末だ。

「……? 何か言ったか?」」

 ユリにとって朧は最高のパートナーであると同時に、自分の冗談が通じない天敵でもあるのだった。

 

 ◆◆◆

 

 二人はボーダー本部に到着すると、その足ですぐにランク戦室へと直行した。
 どうやら朧たちが最後のようで、既にユリから話を受けたA級隊員たちがズラリと揃っており、入室してきた朧たちに様々な視線が向けられる。

「おっ、やっと来たか。俺たちはもう待ちくたびれちまったよ。こっちはクジ引きでチーム分けまで終わってるんですよ?」

 そう言って朧とユリを真っ先に出迎えたのは、太刀川 慶という男だ。

 癖のある茶髪に眠そうな瞳、そして顎には髭を生やしている。
 見た目通り飄々とした性格だが、その実力は折り紙付きのアタッカーであり、自他ともに認める生粋のバトルジャンキーだ。
 そして、A級の太刀川隊の隊長でもある。

「ちょっと太刀川さん、他の人たちまで一緒にしないでくださいよ。それに待ちきれないから早く行こうって、一人だけ集合時間よりもだいぶ早く来たのは太刀川さんでしょうに」

「うるせぇぞ、出水。俺は細かいことは気にしない男なんだ」

 太刀川の後ろから現れたのは、彼の隊に所属している出水 公平という少年。
 自由奔放な太刀川に色々と苦労させられている人物だが、出水は出水でシューターとして類い稀なる才能を有している天才だ。
 いずれはボーダー内でシューターとしてトップを取れるだけの素質を持っている。

「ごめんなさいね。じゃ、すぐにでも始めましょう。いきなりだけど、朧くんも準備はいい?」

「大丈夫、問題ない」

「じゃあ全員配置について。オペレーターの子はこっちでシュミレーターの準備を手伝ってほしいわ」

 ユリはテキパキと他の隊員に指示を出し、模擬戦のための準備を進める。
 指示を飛ばしている姿に誰も疑問を抱いていないのは、一種のカリスマだろう。

 その姿を見て、朧はやはりユリの方が隊長に向いていると改めて確信するのだった。

 

   

スポンサーリンク

タイトルとURLをコピーしました