玉狛支部には強化人間がいるらしい。10

 太刀川と出水が夕食に誘いに来たのだが、風間の登場で結局それはまた次回ということになってしまった。

 朧は毎朝のランニングと防衛任務以外の時は支部に引きこもりがちであり、玉狛支部のメンバー以外とは中々そういった交流の機会がない。
 なので今回は良いタイミングだったのだが、ユリと二人の食事というのも決して悪くないので、太刀川たちとの食事はまたの機会にしておく。

 そして当初の予定通りユリの作業が終わるのを待ち、二人は再びユリの運転で街に向けて出発した。

「え? 太刀川くんたちが来てたの?」

「うん、でも風間が太刀川をどこかに連れて行っちゃった。レポート?っていうのをするらしい」

「あー、太刀川くんも相変わらずだし、風間くんも苦労してそうね」

 太刀川のだらしなさと風間の真面目さはボーダーでも有名だ。
 まるで水と油の様に正反対な性格の二人だが、太刀川と面倒見の良い風間は何だかんだで良い先輩後輩なのである。

 それを知っているユリは、太刀川に対しては呆れ、風間に対しては敬意の感情を抱いたのだった。

「それで風間が言っていたレポートってなに?」

「うーん。レポートっていうのは、大学生にとっての試練のようなものよ。それを乗り越えれないと地獄(留年)行きになってしまうの」

「……レポートって恐ろしいものなんだな」

 車中でそんなたわいもない会話をしていると、あっという間に三門市の中でも特に発展している都市部に到着した。
 車や人が途切れることなく行き交い、ボーダー本部周辺とは比較にならない賑わい見せている。

「じゃあ朧くん、私は車を停めれる場所を探してくるから、先に行ってお店の席取りをしてきてくれる?」

「わかった」

 朧が降りた後、幸いにもすぐ近くにパーキングを見つける事ができた。
 それなりに高いコインパーキングだったが、特に気にするほどではなかったので即座に駐車する。

(朧くんってたまに危なっかしい事を平気でするから、早いとこ合流しないとね)

 ユリは朧が待っているであろう飲食店へと早足で向かい始めた。
 しかし、夜の街中でユリほどの美人が一人で歩いていれば、彼女の魅力に惹かれた男に声を掛けられてしまうのは、それほどおかしな話ではない。

「ねぇお姉さん、今ひとり? よかったら俺らと遊びに行かない?」

「えっと、ごめんなさいね。これから連れと合流する予定なの。ナンパなら他をあたって」

 とはいえ、ユリは普段からよくこういった手合いと遭遇するので、あしらい方は十分に心得ているつもりだ。

 しかし、大抵の相手ならばここで大人しく引き下がるのだが、今回の輩は多少タチが悪い相手だったらしい。
 きっぱりと断った後もなお、しつこく食い下がってきた。

「いいじゃん、絶対俺たちと一緒の方が楽しいって。それにお姉さんみたいな女性を放置するなんて最低じゃんか。だからさ、そんな奴のことは忘れて一緒に遊ぼうよ」

 まったく相手にされなかったことが気に入らなかったのか、男たちの一人がユリの腕を掴み、強引に連れて行こうとし始める。
 ここまで強引なナンパは流石の彼女も始めてだ。

 ボーダーは軍事組織ではあるが、オペレーターであるユリは戦闘訓練を受けていない。
 一般人の素人が相手とはいえ、単純な力比べで敵う筈がなかった。

「ちょっと! いい加減にして!」

 怒気を孕んだ声をユリが上げるが、それに全く動じた様子はなく、むしろ下品な笑みをより一層深める。

 街中でそんな事をしていればかなり目立ってしまうのだが、わざわざ面倒ごとに首を突っ込んでユリを助けようと行動する者はおらず、皆一様に視線を逸らして我関せずといった様子だ。
 中には助けに入ろうとした者もいたのだが、ユリに絡んでいる相手が数人で、さらにガラの悪い連中だと見るやそそくさと離れていく。

「そっちこそ大人しく言うこと聞けば? 俺たちが優しいうちに付いてきた方が、君にとっても良いと思うけど。わかったら早く――」

「おい」

 いよいよ危ない状況になってきた、ユリがそう焦り始めると、自分と男の間に小柄な少年が割って入ってきた。
 その少年はナンパ男の腕を掴み上げ、ユリを守るように立ち塞がっている。

 当然、その少年とは朧のことだった。
 男たちはドスの効いた声と朧の迫力に一瞬だけ怯んだが、相手がまだ子供だと分かると、すぐに朧に対して侮るように下卑た視線を向ける。

「んだよ、連れってこのガキのことかよ。おいガキ、痛い目に会いたくなかったらさっさと失せろ」

 白髪にシルバーグレイの瞳という珍しい容姿ということを除けば、朧の見た目は華奢で普通の子供だ。
 彼らが舐めてかかるのも仕方ないかもしれない。

 ただ、朧は決して普通の子供ではないのだ。
 こと戦闘に関しては超一流のプロである。
 少なくとも素人が相手であれば、遅れを取ることなどあり得なかった。

「うるさいよ、お前」

 朧は徐々に腕を掴んでいる手に力を込めていく。
 腕を掴まれている男は最初こそ平気そうに笑っていたが、次第にその顔に余裕が無くなっていった。
 終いには膝をつき、うめき声を上げ、顔をぐしゃぐしゃにして涙を流し始める。

「い、痛ぇ……やめ、やめて……くれぇええ……!」

「知っているか? 手首の骨を上手く砕くと、一生使い物にならなくなることがあるんだ。でも別にお前の腕は必要ないよな? 害悪でしかないんだし」

 朧の瞳には眼下で蹲る男の姿など映っていない。
 淡々と事実だけを告げる無表情な朧に恐怖心を抱いたのか、周囲にいる仲間の男たちが無意識のうちに後ずさっていた。
 このままでは間違いなく、言った通りその腕を粉砕してしまうだろう。

 それに焦ったのは周りの仲間たち……ではなくユリの方だった。

「朧くんっ、私は大丈夫だから離してあげて?」

 思わぬところからの援護に、男たちはまるで救世主を見るかのような視線をユリに向けた。
 もっとも、ユリのその行動はナンパしてきた彼らを心配してではなく、朧に誰かを傷つけて欲しくなかったからなのだが。

「……わかった」

 ユリに言われて朧がパッと手を離すと、掴まれていた男は我先にと逃げ出していった。
 それに続くように周りにいた者たちも走って逃げていく。
 彼らの仲間の一人がユリに礼を言おうとしたが、近づく前に朧の無機質な瞳で睨まれてしまい、その彼も怯えるように慌てて去っていった。

「……ごめん。俺が離れたせいでユリが怖い思いをした」

「え?」

「嫌な予感がして引き返して来たんだけど、かなり危ないところだったみたいだ。だから、ごめん」

 そう言う朧は、誰が見ても分かるくらいにシュンと落ち込んでいた。
 先ほどの怖いくらいに男たちを威圧していた姿はもう何処にもいない。

 そんな朧の姿を見たユリは、心の底から色々な感情が溢れてくる。
 感謝だとか、嬉しさだとか……他にも本人は気付いていなかったが、朧を男として見ているようなモノもあったかもしれない。

「フフフッ。朧くん、助けてくれてありがと!」

 込み上がってくる感情のまま、ユリは朧を抱き締めた。
 そしてその数分後、彼女は周囲からの暖かな視線に気付いて赤面するのだった。

 

   

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