玉狛支部には強化人間がいるらしい。13

 とある日の休日のこと。
 朧は待ち合わせの為に街中でひとりボーっと佇んでいた。
 白のパーカーにジーンズという無難な服装で、何をするでもなく人通りの多い場所に突っ立ている。

 ただ立っているだけとはいえ、朧は白髪な上に特徴的な瞳をしており、そこにいるだけでも道行く人からチラチラと視線を送られる程度には目立ってしまっていた。
 人形にも似た無機質な表情が、どこか神秘的な雰囲気を醸し出しているのだ。

「ねぇ、あそこにいる男の子、すっごく可愛くない?」

「あ、ほんとだ。迷子かな? 話しかけてみる?」

 そんな会話が聞こえてくる。

「…………むぅ」

 こういった騒がしい場所はあまり好きではないからなのか、朧はいつもより少しだけゲンナリしているようにも見えた。
 自分に向けられる視線に敏感なので、そこら中から聞こえてくる喧騒など初めから聞こえていないかのように、自分だけの空間を無意識に作り上げているのだ。

 それが朧にとっての自己防衛であり、もはや本能的な癖と言ってもいいほど当たり前のことだった。

「君、さっきからそこにいるけど大丈夫? 困ったことがあればお姉さんたちが聞いてあげるよ?」

 すると、ずっと立っているだけの朧を心配したらしく、先ほどから朧に視線を送っていた二十代中盤くらいの女性二人が優しげな声を掛けてきた。
 二人とも朧の目線に合わせ、軽く腰を下ろしている。

 にべもなく追っ払いたいところだが、相手が悪意を持って接してくるのならまだしも、善意で心配してくれている人たちを邪険に扱うようなことはしない。
 ユリからそう言われているからだ。

 目の前にいる女性たちからは多少善意以外の気持ちがあるように感じるが、恐らくそれは自分の気のせいだと思うことにして口を開いた。

「別に困ってはいないよ。人を待っているんだ。それにもうすぐ来ると思うから、心配しなくても大丈夫……です」

「そうなの? ならよかった。それじゃあ心配はいらないみたいだから私達はもう行くね。バイバイ、少年」

「うん、さよなら。心配してくれてありがとう……ございます」

 そうして二、三会話を交わすと安心したような笑みを浮かべ、女性たちは朧に向かって手を振りながら去っていった

 朧はその背中をぼんやりと眺めながら、ふぅ、とため息をつく。
 知らない人と話すのは疲れてしまう。
 待っている間にこうして声を掛けられるのはもう三回目だが、やはり他人と話すのはどうにも苦手だった。

 ユリや小南に言われて自分からは壁を作らないように意識しているが、自分の意思ではどうすることもできず、気付けばいつも自然と距離を取ってしまうのだ。
 そして一応、先ほどの取ってつけたような敬語はユリとの特訓の成果であった。

 ちなみに、声をかけてきたのは全て女性である。
 きっと朧の身体からは、年上の女性が思わず構いたくなってしまうような何らかのフェロモンが出ているに違いない。
 世のモテたい男たちがこの話を聞けば、おそらく血の涙を流すほど悔しがるだろう。

 現に今のやり取りを近くで見ていた高校生くらいの青年は、『やっぱり顔なのか!?』と言ってその場で地団駄を踏むほど悔しがっていた。

 そんな事がありつつも、声をかけてきた女性たちが立ち去ってから数分後、小走りで近づいてくる見慣れた姿を発見する。
 朧はその姿を見ると、居心地の悪さが一変してホッと安堵した。

「ごめんごめん。待たせちゃったみたいね」

 聞こえてくるのは安心する声。
 その声を聞いただけでも、朧は心の中にあった不安が取り除かれていくような気がした。

「大丈夫、俺は気にしな……あー、俺も今来たところだ」

「あら、朧にしてはずいぶん気の利いた台詞ね。ユリさんの指導かしら?」

 そう言って微笑んだのは、よそ行きのお洒落な格好をしている小南だった。
 もちろん彼女が待ち合わせの相手である。
 普段よく見かける制服やジャージ姿ではないお嬢様然とした服装はとても新鮮で、朧は小南が微笑むと少しだけドキリとした。

「うん。ユリに待ち合わせする時は早く来て、相手が着いたらそうやって言った方が良いって教えてもらった。それで、どうだった?」

「ま、まぁまぁね。(ユリさん、これがデートの定番の台詞だって説明してないのかしら?)」

 本音を言えば少しだけドキドキしていた。
 女子高生からすれば、そういったお決まりのやり取りに多少なりとも憧れるものなのだ。
 だがそれを自分の口で伝えるのは流石に恥ずかしく、弟のように可愛がっている朧に強がって見せる。

「そっか、ならよかった。でもひとつだけ分からないんだけど、この前それを京介に言ったら凄く微妙な顔をしてたんだ。どうしてだと思う?」

「え、えーと……そう! その台詞は基本的に男性が女性に言うものなのよ。だから京介も戸惑っちゃったんじゃないかしら」

 それはデートの待ち合わせをしている恋人同士のやり取りだからだと、そうはっきり言うのは憚られた。
 恋人というものの説明を求められる事が目に見えていたからだ。

 だから遠回しにそれとなく朧に伝える。

「なるほど、そうなのか。うーん、やっぱり人付き合いは難しい……」

 変なことを真剣に悩む朧に、小南は思わず苦笑した。
 彼はこうして常識がズレている事があるのだが、そのぶん純粋無垢という言葉が相応しい少年である。
 言われたことをスポンジのように吸収してしまうのだ。

 もっとも、それが朧の魅力の一つであると小南は思っているのだが。

「今日は映画も観たいしお買い物もしたいんだけど、ひとまずどこかお店に入りましょ。急いで来たから喉が渇いちゃった」

「了解した」

 そして、朧と小南は近くにあった喫茶店へと入店して行ったのだった。

 

   

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