玉狛支部には強化人間がいるらしい。14

 二人で仲良く喫茶店に入ると、元気な声で『いらっしゃいませ!』と女性の店員に迎えられた。
 店内にはまばらに客がいるが、店の雰囲気もあってかずいぶんと落ち着いた印象を受ける。
 そして店員の女性に奥のテーブル席へと案内され、朧はカフェオレを、小南はココアを注文した。

「あ、そういえばもう陽太郎とはもう会ったのかしら?」

「ああ、先輩となら今朝に会ったよ。先輩も雷神丸も元気そうだった。相変わらず雷神丸のアゴは気持ちよかった」

 アゴの感触を思い出しているのか、少しだけ優しげな雰囲気を朧から感じる。

 雷神丸というのは陽太郎が飼っているペットのカピバラの名前だ。
 中型犬くらいの大きさで、よく陽太郎を乗せて玉狛支部の中を歩き回っている。
 ちなみに雷神丸のアゴに触れられるのは、雷神丸とその飼い主である陽太郎からの許可が必要であり、その感触を知る者は限りなく少ない……らしい。

 その一人と一匹は少し前から陽太郎の実家に戻っていたのだが、予定通り今朝には玉狛支部に戻って来ていたのだ。
 しかし、小南は彼らが帰って来たことよりも、朧のその呼び方の方が気になってしまった。

「アンタ、陽太郎のことまだ律儀に先輩って呼んでるの?」

「初めて会った時に先輩と呼べと言われたからな。そう呼べば雷神丸を撫でてもいいと言われたし、今ももちろん先輩と呼んでいるぞ」

「あんなお子様を先輩って呼ぶのはアンタだけよ……」

 小南は呆れるような視線を朧に向けた。

 陽太郎は生意気な幼児だが、何だかんだと憎めないお子様だ。
 それには小南も同意する。
 だが、尊敬できるか、先輩と呼べるのかと聞かれれば迷わず否と答えるだろう。
 朧のように敬称を付けて呼ぶなど以ての外だった。

 小南は変に威張っている陽太郎の姿がありありと想像できてしまい、無意識のうちに右手をグッと握りしめている。

「そうか?」

「雷神丸だって、朧にすごく懐いていると思うわ。それこそ陽太郎以上なんじゃない?」

「それはない。だって雷神丸は先輩のペットなんだろう? いつも一緒にいるし、俺なんかに懐いているわけない。きっと、先輩がそういう風に躾けているんだ」

「ないない。だって雷神丸は陽太郎のことを舐めきっているもの。流石に嫌ってはいないんでしょうけど、間違いなく軽んじてはいるわね。だから、陽太郎に雷神丸を躾けるなんて出来るわけないわ」

「……衝撃の事実だ」

 滅多に動かない朧の表情筋が僅かに反応した。
 それだけ小南から聞かされたことが驚きだったのだろう。

 とはいえ、だ。
 それなりに長い期間先輩と呼んでいたものを、今さら陽太郎と呼び捨てるというのも何か違う気がする。
 雷神丸を抜きにしても、朧は陽太郎のことが嫌いではないのだ。
 玉狛支部に先にいたのは陽太郎の方なのだし、呼び方が間違っているわけでもないので、朧は深く考えることをやめた。

「まぁ、今さら呼び方を変えるのも面倒だし、このままでいいよ」

「…………なら私だって先輩って呼びなさいよ」

「え、なにか言った?」

 ボソッと呟いた言葉は朧には届かず、小南は『なんでもないわよ!』と言って丁度運ばれてきたココアを勢いよく口に含んだ。

「あっっっつ!?」

 しかし、当然だが熱々のココアを少しも冷まさずに飲めば、口の中がかなり悲惨なことになってしまう。
 現に直接口に含んだ小南は、その熱さで悲鳴をあげていた。
 何とか吹き出さずには済んだのは女としてのプライドだろうか。

 慌てて氷水を口に入れて冷やしていた。

「大丈夫?」

「も、もんはいなひわ(問題ないわ)」

 心配そうに見つめてくる朧に胸を張ってそう答えるが、口の中は未だにヒリヒリしていることだろう。
 それを我慢して精一杯の虚勢を張る小南の精神力だけは、流石と言えるかもしれない。

 そんな小南を可哀想に思ったのか、朧が自分の分のコップを差し出した。

「これも飲む?」

「………もらうわ、ありがとう」

 小南は大人しく氷が入ったコップを受け取った。
 それからしばらくすると口内のヒリヒリ感が治ってきたらしく、それよりも恥ずかしさで頬が赤らんでいる。

「ご、ごほん。それはそうと、いよいよ来週には今期最後のランク戦があるわ。しっかりと準備はできているんでしょうね?」

「うん、もちろん。少なくとも総合順位が3位以下になることはないと思う。今だって3位のチームとそれなりに差が出ているし。成績で負けるとしたら、それは小南たちだけだろうから昇格試験を受けるのに問題はない」

 B級ランク戦の今の順位は、1位が小南たち木崎隊、そして2位が朧たち六道隊だ。
 その2チームは他の隊よりもかなり突出した成績を上げており、今期のA級昇格試験を受けるチームは木崎隊と六道隊で決まりだと多くの者が思っている。
 事実、ボーダーの上層部でさえ、その2チームが勝ち上がってくるだろうという予想をしていた。

「ならいいわ。パパッとA級に上がって、一緒に玉狛支部が最強だって証明するのよ!」

「最強、か。うん、いいよ。面白そうだから」

 やはり朧も男だと言うべきか、最強という言葉に反応を示した。
 自分たち玉狛支部が誰よりも強いと証明する、そんな小南の言葉は思いの外朧の心を動かしたのだ。
 悪くない。
 ユリと共に勝ち上がり、玉狛支部全員で笑い合う未来というのは。

 そして、あっという間にランク戦当日の日がやってきた。

 

   

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