玉狛支部には強化人間がいるらしい。15

「朧くん、準備はいい?」

「問題ない。いつも通りだ」

 ランク戦に出場する選手のために用意された作戦室、そこに朧とユリの姿があった。
 いよいよこれから最終戦だ。
 この部屋からランク戦の舞台である仮想空間に転送され、そこで他のB級隊員たちとポイントを奪い合う戦いが始まる。

 この戦いでA級隊員に昇格するための試験を受けるB級隊員、上位2チームが選ばれるのだが、一位で通過するのはほぼ木崎隊で決まりなので、朧たちは2位でランク戦を終えることを目標にしていた。

「もう一度だけ確認しておくね。私たち六道隊と3位の〜隊とのポイントの差は5ポイント。だから普通にやっていれば、まず間違いなく私たちが2位でランク戦を終えられるわ。でも、油断は禁物よ。〜隊はまだ諦めてはいないようだから、おそらく最初に朧くんの撃破を狙うはず。私たちは戦闘員が朧くん一人だから、もし最初に撃破されると十分に逆転される可能性はあるの」

「うん、わかった。倒される前に何人か倒しておけばいいんだな?」

「……まぁそれでもいいわ。好きに暴れる方が朧くんらしいし、下手に作戦を言っても逆効果にしかなりそうにないしね。随時マップを見ながら、私が状況に応じて指示をするわ」

 やれやれといった様子でユリがそう言った。

 朧は馬鹿ではないので作戦を理解できるだけの思考力は十分にあるはずなのだが、彼の戦い方は半ば本能に従った獣のような戦い方に近い。
 野生の狼にあれこれと事細かに指示を出すより、本能に任せた狩りをさせた方がいい結果になるだろう。
 六道隊のオペレーターとしてずっと朧のサポートをしてきたユリはそう判断した。

「それじゃあユリ、行ってくる」

「行ってらっしゃい。頑張ろうね」

 その言葉に小さく頷き、朧は仮想空間へと転送された。

 

 ◆◆◆

 

 転送された先はビルの屋上だった。
 それなりに高度が高いビルの屋上で、ここからなら街を一望できる好立地だ。
 スタート地点としては中々に良い場所を割り振られたようである。

『朧くん、聞こえる? その場所は見通しの良い場所だけど、それは相手からも朧くんの姿が見えやすいってことよ。スナイパーからすれば格好の標的になるから、十分に注意して』

 ユリからの通信に朧は了解、そう短く告げた。

 忠告通り身を隠すためにバッグワームというトリガーを起動させると、襟の部分から灰色の服が形成されていき、起動からほぼノータイムで身体の上半身を覆うようなマントが完成した。
 そして、しゃがんで敵に発見されないように警戒しながら索敵を始める。

 バッグワームの発動中は、レーダーの探知から逃れられるという効果がある。
 ただ、あくまでもレーダーに映らないだけであり、肉眼でははっきりと姿が見えてしまう為、これを信用しすぎるのは禁物であった。
 その上、バッグワームは常に少量のトリオンを消費し続けるので、トリオン量が乏しい者にとっては非常に使い勝手の悪いトリオンと言えるだろう。

 もっとも、ボーダー内で一番トリオン量が多い朧にとっては、この程度の消費は誤差の範囲でしかないのだが。

 そうして慎重に屋上からの索敵を続けていると、不意に何かが太陽に反射して光を放った。
 その場所によく目を凝らしてみると、どうやらスナイパーが隠れているようだ。
 朧と同様に開始地点に恵まれたようだが、幸いまだこちらには気づいていないらしい。

「ユリ、ここから南東に3キロ、スナイパーが隠れてる。とりあえず倒しに行くから、そこまでの最短ルートを出して」

『……相変わらず敵を見つけるのが早いわね。でもわかったわ。じゃあまず――』

 ユリの説明と同時に、視界に表示されている地形データが更新される。
 発見したスナイパーの場所までの最短ルートだ。
 ユリには敵を見つけるのが早いと言われたが、彼女の方こそ仕事が早いと、朧は内心で感心した。

 視界に表示されたルートを脳内で高速シミュレーションする。
 スナイパーまでの距離はおよそ3キロ。
 たった3キロだ。
 朧ならばその程度の距離、全く問題にはならない。

「……行くか」

 そんな呟きと共に、本部でも使われているハンドガンタイプの通常トリガーを右手に起動させた。

 朧用に調整された玉狛支部仕様のハンドガン『ジェミニ』は、このランク戦では使用することができない。
 ブラックトリガーのような特殊なトリガーと同じ扱いということだ。

 この通常トリガーでは、朧の持ち味のひとつである高火力は十全に発揮することができないが……それは些細な問題である。

 朧は助走をつけて隣の建物に飛び移った。
 そして速度を少しも緩めることなく、また次の建物、また次の建物と飛び回っていく。
 気づけばあっという間に、スナイパーとの距離は残り数百メートル程になっていた。

 しかし、相手もB級隊員だ。
 これほど接近されれば、たとえバッグワームでレーダーから消えていても、肉眼で捉えることはそう難しくない。
 スナイパーはこれ以上の接近はさせまいと、朧を狙って慌てて狙撃を開始した。

 既に発見されてしまったのであれば、もはやバッグワームは無用の長物。
 すぐにオフにしてトリオンの供給を中止する。
 するとトリオンが供給されなくなったバッグワームは、マントの裾の部分から徐々に消滅していく。

 そして、スナイパーによって撃ち出された弾丸が朧の近くに着弾した。
 次の弾丸は頭のすぐ横を通過する。
 その次は腕、足、また頭と、どれもわずかにズレて惜しくも弾が当たることはない。
 朧はその間にもスピードを緩めることなく敵の元へと迫っていた。

 それでもスナイパーは半ばムキになりつつも狙撃を続ける。
 もしも今逃げていれば、まだ生存する可能性はあった。
 ギリギリで外れてしまっていることが、かえって冷静さを奪っているのかもしれない。

『周囲に敵はいないわ。彼の仲間らしき人が救援に向かって来ているけど、確実に朧くんの方が早い。このままあのスナイパーを倒して』

「了解した」

 そんな通信のあと、ついに朧に身体に命中する弾道の弾丸が撃ち出された。
 このままでは間違いなく着弾してしまうだろう。
 スナイパーも撃った瞬間に命中を確信して、思わずホッと息を漏らす。

 しかしその時、朧の右腕がスッと前に突き出され、唐突に一発の銃弾が発射された。
 右手のハンドガンが飛び出したその弾は、なんとスナイパーの弾の軌道を見事に変えてしまう。

 朧の瞳にはスナイパーの驚愕した表情が映っていた。
 当然だ。
 高速で撃ち出された弾丸を、同じく弾丸で狙撃するなど人間業ではない。
 同じく銃型のトリガーを使うものからしてみれば、その驚きは計り知れないものだった。

 動揺しているスナイパーをよそに、自身のズバ抜けた運動センスとグラスホッパーで出した足場を駆使しながら最短距離で敵へと肉薄する。
 スナイパーの隊員が我に返ったときには、既に朧が銃口を向けていたのだった。

 

   

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