玉狛支部には強化人間がいるらしい。17

 移動中に度々二階堂隊からの襲撃があったが、朧はなんとかそれらを振り切ることに成功し、ユリが指定した地点に到着した。
 トリオン体の損傷はほとんど無く、トリオン自体の消耗も然程気にならない程度だ。
 この時点でユリの考えた作戦の半分は成功したと言っても良いだろう。

「着いたよ。ここからどうすればいい?」

『その先にある倉庫が見えるでしょ。たぶんだけど、田中隊はそこに身を潜めているわ。いま追ってきている二階堂隊を引き連れてそこに突入すれば、きっと皆んな大混乱になるでしょうね』

 聞こえてくるユリの声はひどく楽しそうだった。
 玉狛支部で栞と悪だくみしている時と同じであり、朧にとってはどこか安心する声でもある。
 そんな調子でユリは通信を続けた。

『そこで、二階堂隊が集まって来たタイミングを見計らって突入して欲しいの。そのタイミングを見計らうっていうのはかなり難しいけど……朧くんなら出来るでしょう?』

「当然」

 自信ありげにそう返答する。
 朧が持つサイドエフェクトは『超直感』。
 こういった絶妙なセンスと実力を要求される作戦でも、そのサイドエフェクトがあれば大抵が上手くいってしまうのだ。

『ふふっ、頼もしいわね。それと、ここからは激しい戦闘が予想されるわ。分かっているとは思うけど十分に注意して』

「了解した」

 そうして通信を終えた朧は、田中隊が隠れているという倉庫に視線を向けた。
 結構な大きさの倉庫で、距離が離れているこの場所からでもはっきりと全容が見える。

(二階堂隊が俺に追いついて来るまでここで待機、か。退屈ではあるけど、たまには待つ戦いってのも悪くはない)

 そんなことを考えながら、朧はユリが考えたこの作戦を自分なりに噛み砕いていく。

 ユリが朧に伝えた作戦は、簡単に言えば自分たちの事を狙っている二階堂隊を田中隊に襲わせるというものだった。
 現在2位争いをしている六道隊と二階堂隊、そしてポイントを1ポイントでも多く獲得して順位を上げようとしている田中隊。
 田中隊が万全を期して襲ってくることを許さず、強制的に三つ巴の状況を作り上げるのがこの作戦の狙いであるのだ。

 この作戦を実行する事によって敵の数は増えるが、今よりも六道隊が不利になることはない。
 周り全てが敵という元通りの状況になるだけだから。

 目を閉じてジッと待っていると、ふと誰かの声が聞こえてくる。

「この周辺に居るはずだ、探せ!」

「おっと、もう来たのか。それじゃあ鬼ごっこの再開だな」

 二階堂隊だ。
 朧は立ち上がり、一直線で倉庫へ走った。
 その姿を二階堂隊に発見されて追跡されるが、付かず離れずの距離をわざと保ったまま、まるで背後に目が付いているかの如く全ての攻撃を器用に捌いていく。

「おいっ、いい加減逃げるのはやめて戦えよ!」

 思わず声を荒げるが、朧はその挑発を無言のまま相手にしない。

『もう少しの辛抱よ。もう少し辛抱だから堪えて』

 通信でユリがそう宥めているからだ。
 彼女の声が一種の精神安定剤のような役割を果たしていた。

 モヤモヤした気持ちを抱えながらも、ついに倉庫の扉をハンドガンの連射で破壊する。
 そうして朧と二階堂隊が倉庫に突入すると、やはりそこには田中隊の隊員が待ち構えていた。
 二人は刀型のトリガー『孤月』を、もう一人はショットガン型のトリガーを侵入者である朧たちに向けている。

「敵が来たぞ! 総員、迎え撃て!」

「チッ、田中隊のヤツらか。お前ら、先にコイツらを片付けるぞ!」

 ユリの目論見通り、二階堂隊と田中隊は戦闘を開始した。
 しかし開始早々に誰よりも早く場を動かしたのは――朧だ。

 ――ほんの一瞬だけ、朧が全員の視界から消え失せる。

 戦闘に入ってしまった彼らは気づかない。
 その一瞬が致命的な命取りになる事に。

「まずは一人、確実に倒す」

 両手のハンドガンを握りしめる。
 そして、集団から孤立気味になっていた二階堂隊の隊員を見つけると、その人物に対して銃弾の雨を降らせた。
 回避することは出来ないと判断したのか、彼は即座にシールドを展開して防御する。

「なに!?」

 彼が驚くのも無理はない。
 連続で放たれていたその銃撃は、なんと展開されていたそのシールドを破壊したのだ。

 スナイパーが使用する《イーグレット》、もしくは威力重視の《アイビス》であればシールドが破壊されるのも理解できる。
 だが、ハンドガン本来の威力を考えればいくら攻撃を受けようと銃弾でシールドを貫通するなど、普通は滅多に起こり得ないことなのだ。

 当然、これにはタネも仕掛けも存在する。
 朧がいま使っているトリガーは、威力に乏しい通常トリガーとはいえ、それに込められている弾は合成弾と呼ばれるもの。
 その名も――徹甲弾《ギムレット》。

 より多いトリオンを消費する代わりに、その威力が大幅に上昇するという代物である。
 だからこそ破壊力に乏しいハンドガンタイプのトリガーで、シールドを破壊するといった荒技を成し得たのだ。

 もちろん、並みのトリオン量ではすぐにガス欠になってしまうだろう。
 だが朧のトリオン量は決して並ではなく、それどころかボーダーの中でもダントツのトリオン量を有していた。
 なのでトリオン不足に陥る可能性はほぼ皆無である。

「……ワンダウン。残り5」

 隊員の頭を撃ち抜くと、その一撃によって緊急脱出《ベイルアウト》した。
 これで撃破ポイントが1ポイント六道隊に加算され、合計すると2ポイントになる。

「次」

 混乱する戦場で、朧は新たな獲物に狙いを定める。
 もはやこのフィールドは朧の独壇場と化していた。

 

   

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