「それでは、無事に両チームともA級挑戦権を獲得したことを祝して……かんぱーい!」
『かんぱーい!』
カンッと、グラス同士がぶつかり合う甲高い音が鳴る。
テーブルには豪勢な料理がズラリと並んでおり、それを囲うように玉狛支部のメンバーが勢ぞろいしていた。
「おぉー、すっげぇ豪華な飯だな。寿司に肉にピザに中華、何でもあるじゃねぇか。ところでこれの支払いは……」
「もちろん支部長の奢りですよね? なんせ玉狛支部の隊員たちが頑張った結果の祝勝会なんですから。まさかとは思いますけど、割り勘なんてケチ臭いこと言いませんよね?」
「……まぁ仕方ねぇか。なら今日は俺の奢りだ。遠慮なく食え! はっはっは!」
そう豪快に笑いつつも、『はぁ、経費で落ちねぇかな……』と呟く哀愁漂う林藤の声は、騒がしい声にかき消されて誰にも届かなかった。
今日は玉狛支部にとって、2チームが同時にランク戦を一位二位で突破するという快挙を達成した事を祝う目出度い日だ。
誰もが歯を見せて笑い合い、朧でさえ心なしか頬が若干緩んでいるように見える気がする。
陽太郎などはさっそく料理に手を付けているのだが、彼の皿の上には肉ばかりで野菜がひとつも無い。
それを目敏く見ていたユリは、肉ばかり食べようとしている陽太郎を注意した。
「ユリちゃん、そっちにある肉も取って」
「ちゃんと野菜も食べないと駄目じゃない。お肉ばかり食べていても、将来大きくなれないからね?」
「うーむ、小さいままはいやだが野菜はもっと嫌いだ。あ、よし後輩。お前に俺からコイツをプレゼントしてやろう。先輩からのおくりものだ。味わって食えよ?」
そう言って陽太郎は、隣に座っている朧の皿に野菜を盛り付ける。
「そうか。有り難くもらうぞ、先輩」
しかし、陽太郎から野菜の山を押し付けられた朧だったが、それでも嫌がる様子は微塵も見せなかった。
本当に親切心で野菜をくれたと思っているのだろう。
子供よりも子供らしい純真な心を持っている朧を褒めれば良いのか、はたまた野菜を押し付けた陽太郎を叱れば良いのか……当然ユリが選んだのは後者であった。
「いくら野菜が嫌いだからって、朧くんにそれを押し付けてどうするのよ。そんな事をするんなら、しばらく陽太郎はおやつ抜きだからね。分かったら大人しく野菜も食べなさい」
「うげっ、しかたない……でもピーマンだけは勘弁してくれ、ユリちゃん」
「駄目よ。朧くんに押し付けた罰として少しは食べなさい」
「……ぐすん」
陽太郎は半泣きになりながらも苦手なピーマンに齧り付く。
自業自得である。
朧はそのやり取りを終始あまりよく分かっていない顔で見ていた。
「先輩、なぜ泣いている?」
「泣いてないやい」
「そうか。ならいい」
「………………ぐすん」
そんなやり取りが行われている一方で、最近は忙しそうにあちこち動き回っていたS級隊員である迅 悠一も、エンジニアとして本部に出向していたミカエル・クローニンも、今日ばかりはこうして玉狛支部に帰ってきて祝勝会に参加していた。
中でも特に迅は、上機嫌でジュースを片手に料理を摘んでいる。
「いやー、本当にあっという間にA級に返り咲いたな。俺が抜けた穴を京介が上手く埋めてくれたようで何よりだよ。これで、俺も安心して単独行動ができるってもんだ」
「ふふんっ、何言ってんのよ。もうアンタが戻りたくなっても、泣いて頼まない限り入れてあげないんだからねっ?」
「フッ、甘いな小南。むしろ俺にはお前が戻って来てくれと泣いて頼む未来が見えるぞ?」
迅のサイドエフェクトは『未来予知』。
その名の通り、無数にある未来の可能性を予め見ることが出来る強力なサイドエフェクトだ。
小南も迅の未来予知の精度を知っている。
そして、それを知っているが故に小南は動揺を隠すことができなかった。
「え!? そんな、嘘でしょ!?」
「ああ、嘘だ」
小南は一瞬だけポカンとした表情を浮かべたが、すぐに顔を真っ赤にして迅への怒りを露わにした。
「……迅っ、アンタまたあたしに嘘をついたわね!」
あっさり嘘だと白状した迅の襟を掴み、そのまま前後左右にブンブン振り回す小南。
そうしてされるがままになっている間も、迅にはまったく悪びれた様子はなく、それどころか慣れているようで余裕そうにとぼけた表情を浮かべている。
それがまた小南の怒りを加速させた。
「キィィィィイイ!!」
「まぁ落ち着け小南。せっかくの祝いの席なんだがらそうカッカするな。ほら、このデカイ肉をお前にやるから離してやれ」
「……今日のところはこのくらいにしといてあげるわ!」
どうやら怒りよりも食い気の方が上回ったらしく、迅の襟をパッと離し、差し出された大きな肉にかぶり付いた。
流石は木崎隊の隊長として小南を御しているレイジだ。
小南の扱い方は心得ている。
「いやー、助かりました。ありがとうございます、レイジさん」
「お前たちのじゃれ合いを止めるのはもう慣れた。だから気にするな」
そんな一幕があった間も、朧は無心で料理を次々に胃袋へ納めていたのだが、エンジニアであるミカエルがそんな朧に声をかける。
「そうだ朧。お前が使っているジェミニだが、あとで少し見せてくれ。このところ忙しくてあまり整備してやれなかったから、久しぶりに調整したいんだ」
「わかった。使っているところのデータも必要なら言って。俺のトリガーだし、いくらでも調整に付き合うよ」
「助かる」
トリオン量が飛び抜けて多い朧の為に開発されたトリガー ――『ジェミニ』は、玉狛支部のエンジニアであるミカエルが製作したものだ。
なので簡単なメンテナンスならともかく、定期的に行わなければならないトリガーの調整はミカエル本人しか出来ない。
「はいはい! それなら相手が必要でしょう? あたしがやってあげるわ!」
「あ、じゃあ俺も参加しようかな。最近はあんまり戦闘訓練してないから、そろそろ勘が鈍りそうなんだ。もちろん風刃を使って」
『風刃』というのはブラックトリガーと呼ばれる特殊なトリガーだ。
その力は強大で、使用者は一般の隊員の枠組から外れてS級隊員となり、ランク戦の参加が一切できなくなる。
そして迅は、そのブラックトリガーである『風刃』の所有者であった。
「迅も参加するんなら、レイジととりまるも参加しなさい! 全員で総当たり戦よ!」
「ふむ、いいだろう。京介はどうする?」
「俺も大丈夫ですよ。今日は帰るのが遅くなるって言ってありますし」
「玉狛で一番強いのはあたしだってことを、アンタたちにわからせてやるわ!」
こうして突発的に開催が決定した玉狛支部最強を決める戦い。
全員がトップクラスの戦闘力を持っている為、当然戦いは熾烈を極めた。
それを制したのは朧……ではなく、風刃と未来予知を完璧に使いこなした迅である。
小南がすぐに再戦を求めたのは言うまでもない。
そしてこの祝勝会の二週間後、無事に六道隊と木崎隊はそれぞれA級の8位と7位を下し、A級隊員へと昇格を果たすことになる。
同時に朧の中学への入学が決まったという事であり、これにより良くも悪くも彼に大きな変化が訪れるだろう。
どのような未来が待っているかは、未来が見える迅にしかわからない。
……ちなみに、A級昇格が決定した際にまた豪勢な祝勝会が開かれ、林藤が密かに涙したことは誰も知らない。