玉狛支部には強化人間がいるらしい。21

 朧の学校生活が始まってから、およそひと月ほどが経過した。
 初めは学校に通うのを渋っていた朧だったが、今ではもう普通に学生としての日々を過ごしている。
 懸念の一つだった勉強も周りの生徒に遅れることなく、むしろ初っ端にあったテストでかなり良い点数を獲得しているので全く問題はない。

 交友関係については……概ね上手く行っていると言っていいだろう。
 誰とでも仲良く出来ている訳ではないが、何人かの生徒とは比較的良好な関係を築けていると思われる。
 朧のコミュニケーション能力を考えれば予想以上の成果であった。
 玉狛支部の保護者たちが安堵する姿が目に見える。

 そして今日、朧はなんと友人たちを玉狛支部に連れて行くことになっていた。

「え、朧ってボーダーに入ってたの!?」

「一応。ボーダーには結構前から入ってるよ。玉狛って支部の所属だから、あんまり本部に行くことはないけどね」

「ボーダーってネイバーと戦うんでしょ? すごいね……わたしには怖くて出来そうにないよ。でも、ボーダーの支部になんてお邪魔してもいいのかな……?」

「友達が出来たら連れてこいって言ってたし、大丈夫。それに千佳も出穂もいいヤツだから、きっとみんなに気に入られると思う。心配する必要はない」

 朧と一緒に歩いているのは、クラスメイトである千佳と出穂という二人の少女たちだ。
 出穂は編入初日に朧が絡まれていた時、誰よりも早く庇おうとした度胸のある勝気な少女である。
 彼女の高い社交性もあり、今はもう呼び捨てで呼び合う仲となっていた。
 学校の中ではこの三人で過ごすことが多い……というか、ほとんどの時間をこの三人で過ごしている。

「ははは、いいヤツだってさチカ子。最初はどうなることかと思ったけど、すっかりクラスにも馴染んだよなー」

「そういえば朧くんがウチの学校に来てからもう一ヶ月も経ったんだね。もう学校には慣れた?」

「ああ、千佳と出穂のおかげだ。お前たちが居なかったら、俺はきっと学校が嫌いになっていた。……別に今も好きではないけど」

「流石に大袈裟じゃん? アタシもチカ子も、そんなに大したことはしてないし。むしろ勉強教えてもらってるくらいだからこっちが助かってるよ。ねっ、チカ子?」

「うん。朧くんって勉強教えるのがすごく上手いから助かってる。次のテストが少し楽しみなくらいだよ」

「俺に勉強を教えてくれた人の教え方が上手かったんだ。俺が凄いんじゃない」

「……なんか朧って妙に自己評価低いよなー。勿体ない。アタシだったらもっと周りに威張っちゃうだろうな。どうだ、凄いだろって」

 出穂は不思議そうに朧の方を見ていた。
 勉強もスポーツもダントツで優れているのに、それを誇らない朧が心底不思議なのだろう。

「そうか? 俺なんかよりも二人の方がずっと凄いと思うが……特に出穂の社交性は尊敬に値する」

 嫌味ではなく本心からそう思っている。
 朧にとって勉強やスポーツが出来るよりも、他人とコミュニケーションが円滑に取れる二人の方が凄いのだ。
 学校に通うようになって多少は改善されたが、今もなお朧の対人能力は壊滅的である。

「そ、そうかな? へへっ、褒められると照れちゃうな」

 恥ずかしそうにを髪を弄る出穂。
 飾らない言葉でストレートに褒められたことがよほど嬉しかったらしい。
 珍しく頬を赤く染めていた。

 そうしてワイワイと道中を進んでいると、話題は再びボーダーについての話に戻った。

「ボーダーの隊員ってやっぱり強そうな人ばっかなの?」

「そんなことはないと思う。女の人もいるし、見た目はあんまり関係ないな」

「あ、実はわたしの知り合いにもボーダーに入っている人がいるよ。修くんって人なんだけど、知ってる?」

「オサム……知らないな。あんまり本部には行かないから、他の隊員のことはあんまり詳しく――」

 朧の声を遮るように、『ウゥーーーーー』というけたたましい音が周囲に響いた。

「ネ、ネイバー警報じゃん! ウチらも早く避難しないと……!」

 この警報は三門市に住む者なら誰でも知っている。
 ネイバーが出現したことを知らせるサイレンだ。
 警戒区域と呼ばれている立ち入り禁止エリア以外には、ネイバーが出現することはほとんど無いが、こうして稀に出現位置がズレることもある。
 このサイレンを聞いたらすぐに避難するというのは、子供でも知っている常識だった。

「わ、わたし行かなきゃ……!」

「ちょっとチカ子!?」

「っ! おい千佳っ、何処にいく!?」

 だがネイバーの緊急警報が聞こえてくるなり、突然千佳は顔を青くして走り出してしまった。
 見た目に似合わず素早い動きであっという間に居なくなる。
 普段は冷静沈着な朧でも、千佳の突然の行動には流石に慌ててしまう。

 すぐに彼女の後を追おうとするが、タイミング悪く上空にゲートが現れ、モールモッドが二体目の前に落下して朧の進路を塞いだ。

「トリガーオン」

 邪魔をするなら蹴散らすのみ。
 すかさずにトリガーを起動する。
 瞬時にトリオン体となった朧は両手にジェミニを出現させ、二体のネイバーに向けて構えた。

「失せろ」

 ――ドドドドドドド!!

 トリオンの消費など一切気にすることなく、ただ高火力なジェミニを連射して一気に倒しにかかる。
 必要以上のトリオンを消費する戦い方は好きではないが、今は効率的な戦い方を気にしている場合ではない。
 他にも何体かネイバーが出現したのが見えていた。
 一刻も早く走り去った千佳の元に駆けつけなければ、取り返しのつかないことになりかねないのだ。

 ジェミニの集中砲火を食らったモールモッドはあっさりと撃墜された。
 そしてモールモッドが完全に沈黙したのを確認すると、すぐさま千佳が走っていった方に向かおうとした朧だったが、もう一人の友人である出穂をこの場に置いて行くことなど出来ない。
 しかし迷っている暇もないので朧はすぐに行動に移る。

「少しの間我慢してくれ」

「えっ? ちょ――」

 有無を言わさずに出穂を肩に担ぐ。
 少しだけ出穂の方が朧よりも体格が大きいが、トリオン体で身体能力が大幅に底上げされている状態であれば、こうして難なく担ぎ上げることができる。
 そして朧は肩に出穂を担いだまま、千佳が走って行った方向に走り出した。

「どこだ、千佳……!」

 焦る心を抑えつつ、自らの感覚を研ぎ澄ませていく。
 朧の持つサイドエフェクト――『超直感』である。
 このサイドエフェクトの精度はかなり高く、発動すればほぼ確実に答えを引き当ててしまうという破格の能力だ。

「…………こっちか!」

 自らの直感を信じて入り組んだ路地の中を進む。

「うぅ……ジェットコースターみたい。き、気持ち悪い」

 何やら不穏な声が聞こえてきた気がするが、今はそれを気にしている場合ではないだろう。
 一刻も早く千佳を見つけなければならない。
 出穂には悪いが、もう少しだけこのままでいてもらうしか方法はないのだ。

「見つけた……!」

「えっ! チカ子は無事!?」

「ああ、物陰に隠れてネイバーをやり過ごしていたみたいだ。見た感じ怪我をしている様子はない」

「良かった……」

 かつて起こった大規模侵攻によってトラウマを植え付けられた人は少なくない。
 家族を失ったり、後遺症が残るような大きな怪我をした人々が三門市には多くいる。
 おそらく千佳も何らかのトラウマを抱えており、ネイバーに関して過剰な反応をしてしまうのだろう。
 何はともあれ、無事に千佳を見つけることができて朧は安堵したのだった。

 

 

 

『朧くん聞こえる!? その場所にかなりの数のネイバーが集まっているわ! 注意して!』

 そんな通信が聞こえてくるまでは。

 

   

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