玉狛支部には強化人間がいるらしい。22

 ――ネイバーが集まってきている。
 そんな通信を聞いた朧は、無事に千佳を発見して安堵する気持ちもそこそこに、すぐさま次の行動に移った。
 珍しく心臓がバクバク鼓動しているが、それでも頭は冷静だ。
 冷静に、やるべきことをする為に動き出す。

「出穂、千佳を離すな。バラバラになられると流石に守りきれる自信がない。また千佳が離れようとしたら、そのときは多少強引になってでも止めてくれ」

「わ、わかった!」

 返事をするなり、出穂は千佳の腕をがっちりと掴んだ。
 彼女も仲のいい友人である千佳を危険に晒したくないという気持ちは朧と一緒である。
 もしもこの場に朧が居なかったとしても、出穂はきっと千佳を守ろうと行動していたはずだ。
 それが『夏目 出穂』という少女であった。

 そして、朧は次に千佳へと視線を向ける。

「千佳はもういきなり走り出すんじゃないぞ。大丈夫だ、俺はネイバーには負けないから。絶対に二人を守りきってみせる。だから少しだけ俺のことを信じてくれ」

「……うん。わかったよ」

 千佳がどういう気持ちで急に走り出したのかはわからなかったが、友人を放り出して一人だけ逃げるような性格でない事はよく知っている。
 きっと、何か事情があるのだろう。
 そんな友人の力になりたいと、朧は本心からそう思った。

「よし、じゃあこっちだ。俺の後ろを離れるなよ?」

 コクリと頷いたのを確認し、朧は先に進み始める。
 路地を通り抜けて開けた大通りに出ると、そこは既に市民たちが避難した後だった。
 すっかり人気が無くなってしまった街の様子は、まるでここが仮想空間のように錯覚してしまうほど現実味を感じさせない。
 しかし、後ろにいる二人の不安げな表情が何よりもここが現実だと物語っていた。

「ユリ、ネイバーの反応はまだこっちに向かって来ているか?」

『ええ、来てるわ。その先にも反応が……これはたぶんモールモッドが2体とバムスターが1体ね。もうすぐ朧くんと接触するはずよ。いまそっちにレイジくんが向かっているから、それまでは朧くんだけでしっかり友達を守るのよ?』

「了解」

 朧はジェミニを握り締め、ネイバーとの戦闘も為に備える。
 有象無象のネイバー程度に後れを取ることはないが、いまは二人の非戦闘員を連れているので慎重にならざるを得ない。
 撃破よりも彼女たちの護衛を優先し、無事に守り抜くことが朧のミッションであった。

 とはいえ、モールモッドやバムスターなどいくら数が集まったところで、朧の敵ではないというのもまた事実。
 落ち着いて対処すれば大丈夫だと、妙にザワついている自分の心に言い聞かせる。

「この先にもネイバーがいるらしい」

「えっ! それってヤバいんじゃ……」

「問題ない。俺ならネイバーを倒せるから。それに、玉狛支部からも増援が向かって来てる。だから絶対に足を止めずに走り続けるんだ」

 ネイバーがいると聞き、心配そうな声を上げる出穂にそう告げる。
 朧なりに彼女たちを安心させようと思っての発言だ。
 想定外のアクシデントは出来るだけ排除しなければならないので、二人の気持ちを落ち着かせることは非常に重要なことである。

 そしてそれからすぐ、前方にネイバーの影が見えてきた。
 ネイバーという普段は決して見かけることのない危険な存在に、後ろの二人からも動揺しているのが伝わってくる。

 朧はそんな彼女たちに『そのまま走れ!』と叫んだ後、加速した。
 まず最初に狙うのは2体のモールモッドだ。
 バムスターと比べて的が小さい分、うろちょろと動かれては面倒なので先に片付けておくに限る。

 ――ドォンッ!

 ――ドォンッ!

 大砲が打ち出されたような音が二回続けて響くと、近付いてきていた2体のモールモッドが弾け飛んだ。
 言葉の比喩ではなく、文字通り弾け飛んだのだ。
 ハンドガンにしては冗談のような威力だが、相応のトリオンを消費しているのでおかしくはない。
 モールモッドが完全に沈黙した事を一瞬で把握すると、そのまま更に奥にいるバムスターへとダッシュする。

 だがそこでふと、朧は目の前にいるバムスターに違和感を覚えた。

(ん? このバムスター、俺を狙っていないのか?)

 ネイバーは基本的にトリオン量が多い者を積極的に狙う習性がある。
 それは朧自身も膨大な量のトリオンを有しているので、身を以てよく知っていた。
 だが、だとすればこのバムスターの動きは明らかにおかしい。
 まるで朧など眼中にないと言わんばかりに、彼の後ろにいる出穂と千佳の方へと向かうとするのは一体どういうことなのか。

 目の前に膨大なトリオン量を有している朧という格好の餌には目もくれず、その後ろにいる一般人を狙うなど、今までのネイバーの行動を考えればあり得ないことだった。

(まさか……いや、考えるのは後でいい。今は――)

「お前を倒す」

 自分のことを見ていないのなら好都合。
 ただでさえ朧にとってデカい的でしかないバムスターが、そんな状態であれば倒すのもより容易くなる。
 バムスターの巨大な身体をタッタッタと駆け上がっていき、あっという間に頭の部分に到達した。
 そこでようやく朧の存在を認知したのか振り落とそうとするが、もう全てが遅い。

 ――ドォンッ!

 至近距離から放たれたその一発の銃弾は、弱点である目玉のような部分をあっさりと貫き、そして爆散する。
 朧がネイバーの集団に突貫してから、実に十数秒の出来事であった。

 

   

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