朧がネイバーの襲撃から出穂と千佳を守り抜くこと約数分、そろそろ逃げ続けている千佳と出穂の体力が怪しくなってきた頃合いで、増援として玉狛支部から送られてきたレイジが到着した。
こういう状況でレイジは一番頼りになる人物だ。
そんな彼が来てくれたことに、朧はようやく一息つけた気がした。
「悪い、遅くなった。無事か?」
「大丈夫。友達もちゃんと守ったし、二人とも怪我もしてないから問題ない」
朧がそう言うと、レイジはホッとした様子を見せる。
「そうか、よくやった。それじゃあ俺は周りのネイバーを片付けてくるから、お前は――」
「俺が行くよ。市街地での戦いなら、レイジよりも俺の方が早く殲滅できるから」
「わかった。ならお前の友達は俺に任せろ」
コクン、と頷いて朧は周囲のネイバーの掃討に取り掛かる。
レイジに二人を任せたのは、自分よりも視野の広いレイジに任せた方が安全だと思ったからだ。
そしてそこからは早かった。
建物を縦横無尽に駆け回り、全てのネイバーの弱点を一撃で破壊していく。
今まで防御に徹していたのは、二人の非戦闘員を守らなければならなかったからであり、本来なら取るに足らない相手である。
千佳と出穂を信頼できるレイジに任せ、思う存分戦えるようになった今、モールモッドやバムスター程度に手こずる朧ではない。
そうして朧が市街地を駆け回った結果、街に残っていたネイバーは彼の手によって数分程度で全滅した。
本部のボーダー隊員が駆けつけるよりも早く、残ったネイバーを片付けてしまったのだ。
最後の一体をジェミニで撃ち抜いた後、ユリから通信が届いた。
『ネイバーの反応はもうないよ。お疲れ様、朧くん。早く二人のところに戻ってあげて?』
「了解した。すぐに戻る」
ユリからの通信を受け、朧はみんながいる場所に戻っていく。
レイジたちと合流する為に移動を開始すると、建物を3軒ほど飛び越えたあたりで三人の姿が見えてきた。
「あっ、朧ー! こっちだぞー!」
向こうも近づいて来ていた朧に気付き、出穂が大きく手を振っている。
千佳も出穂の横にいて、無事に帰ってきた朧の姿を見て笑みを浮かべていた。
二人とも怪我も無く元気なように見えるので、レイジはしっかり彼女たちを守ってくれたようだ。
レイジに任せたので心配はしていなかったが、それでも無事な姿を見ると肩の力が抜けていく。
「待たせた。二人とも怪我はないか?」
「ないない。朧が行った後は、この筋肉の人に守ってもらったから大丈夫だったよ」
「そっか、それならよかった。二人を守ってくれてありがとう、レイジ」
筋肉の人ことレイジは、そう呼ばれたことを気にすることなく苦笑する。
「俺は少しだけ見守ってただけで、この子たちを守ったのはお前だ。そっちこそお疲れさん」
それから朧はレイジに街の様子について話していると、途中で再びユリの通信が届いた。
『とりあえず、その二人に玉狛支部まで来てもらったら? 親御さんたちも心配しているだろうし、ボーダーにいるって言えば少しは安心するんじゃない?』
「……わかった。なら、どうするか二人に聞いてみる」
一度家に帰してあげた方が良いかとも思ったが、ユリの言っていることにも一理あるので、判断は二人に任せることにしてユリからの提案を二人に話した。
「あ、私行きたい! ね、チカ子。元から行く予定だったんだし、せっかくだから行ってみない? それに、走り回ったからちょっと疲れちゃったよ……」
「うん、そうだね。迷惑にならないなら、お邪魔してもいいかな?」
「ユリも喜ぶだろうから大丈夫。それじゃ行こうか」
そうしてネイバーを掃討した朧と合流した後、彼らは当初の予定通り安全な玉狛支部へと足を運んだ。
レイジは後処理の為にその場に留まることになったが、気にするなと言って送り出してくれている。
支部にいたのはユリだけだったが、彼女は疲れているであろう三人の為にお菓子やジュースを用意して待っていてくれていた。
「みんな災難だったね。危険区域以外にネイバーが現れることは無くも無いんだけど、一度にあんなに大量に現れることなんて今回が初めてだよ。でも、君たちが無事で良かった」
そう言って優しい笑みを浮かべるユリに、出穂も千佳もどこか安心した様子を見せる。
「朧が助けてくれたから大丈夫でした。あ、それから筋肉の人……レイジさんにも助けてもらいました」
「ぷっ。筋肉の人か。まぁそう呼びたくなるのもわかるわ。現によく呼ばれているしね」
初めて会った人からも筋肉と呼ばれるレイジに思わず吹き出してしまうユリ。
しばらくそうして何気ない会話を続けていると、朧が千佳に話しかけた。
「そうだ。一つだけ千佳に聞きたいこと……というか、確認したいことがあるんだ」
「ん、なにかな?」
「ネイバーに襲われた時、アイツらは俺じゃなくて千佳を狙ってた。千佳たちは知らないかもしれないけど、ネイバーは基本的にトリオンってエネルギーが多い人を狙う特徴があるんだ。つまり、千佳は俺よりもトリオンが多い可能性がある。何か心当たりはないか?」
「…… ごめん、わからないよ。そんなの考えてもみなかったし。でも――」
少しだけ間を置き、千佳はゆっくりと続きを話し始める。
「でも、昔からネイバーにはよく襲われてた。だから周りの人を巻き込まないように、人混みから離れてジッと隠れていたの。どうしてかは分からないけど、ネイバーの居場所は何となく分かるから、今まで大丈夫だったの」
サイドエフェクト。
それが朧とユリの頭に真っ先に浮かび上がった言葉だった。
優れたトリオン能力を持つ者は、まれにサイドエフェクトを発現する。
ほぼ間違いなく、千佳はその能力を持っているのだろう。
「千佳ちゃん、もし良かったらトリオンの測定をしてみない?」
「トリオンの測定?」
「そそ。千佳ちゃんの中にどれくらいのトリオンがあるかを調べるの。ネイバーに襲われる理由、知りたくない? もしかしたら千佳ちゃんのトリオンはすっごく多いかもしれないし、ここで調べておくことをお勧めするわ」
「へぇー、いいじゃん。調べてもらいなよ」
「あ、どうせなら出穂ちゃんも受けてみる?」
「わ、私も良いんですか!?」
「いいよいいよ。一人も二人も手間は大して変わらないからね。それに、測定って言ってもただジッとしているだけで終わるから、そう身構えなくても大丈夫だよ。気楽に受けてみれば良いんじゃないかな」
実際、測定と言っても何か特別な事をしなければならない訳ではない。
何もせず数分だけ座っていれば、それだけで終わる簡単なものだ。
「……出穂ちゃんと一緒なら、受けてみようかな」
「なら一緒に受けてみよ! ユリさん、ぜひお願いします!」
「フフッ、決まりね。ついでに朧くんも受けてみたら? この前よりも成長しているかもしれないわよ?」
「そんなに変わってないと思うけど……わかった。一緒に受ける」
こうして朧を含めた三人は、トリオンの測定を受けることになったのだった。