玉狛支部には強化人間がいるらしい。24

「――凄いね、これは。予想してたトリオン量よりも数段以上に多いわ」

 トリオンの測定結果が表示されているパソコンのモニターを見ながら、ユリは驚きを隠しきれない様子でそう言った。

 モニターには信じられない数値を示している結果が二つと、並みのボーダー隊員と同程度の数値が表示されている。
 もちろん前者が朧と千佳で、後者が出穂の検査結果だ。

「そんなに多いの?」

「うん、こんなにトリオンが多いなんてちょっと信じられない。朧くんだって他のボーダー隊員よりも桁違いのトリオン量だけど、千佳ちゃんのはそれよりも更に多いの。正直、この結果は機械の故障を疑った方が良いレベルだね」

 千佳のトリオン量が朧のそれを超えているなど、ユリは未だに信じられない気持ちの方が大きかったが、この検査結果が何より真実だと物語っていた。

「……でもそんなに莫大なトリオンを持っているんなら、これからも千佳は確実にネイバーに狙われる。あんまり喜んでもいられない」

 戦闘力が無いにも関わらず膨大なトリオンを持っているなど、ネイバーにとっては格好のエサだ。
 もしかすると黄金を身にまとった家畜にさえ見えるかもしれない。
 今まで千佳が逃げ延びてこられたのは幸運だったからであり、いくらサイドエフェクトでネイバーの居場所が分かるとしても、いずれ間違いなく捕らえられていた筈である。

 それが分かるからこそ、朧はこの結果を素直に称賛することは出来なかった。

「それじゃあ出穂の方はどうだった?」

「出穂ちゃんはボーダーの平均か、それよりも少し多いくらいだったよ。こっちはまぁまぁの結果って感じかな。ま、それが普通なんだけどちょっと安心」

 出穂の方は朧や千佳と比較すれば大したことはないトリオン量だが、それは些か比較対象が悪すぎた。
 彼女のトリオン量も十分にボーダーの入隊基準はクリアしており、本人の意思があれば問題なく入隊できる数値である。

「なら、出来れば二人をボーダーに入れたい。このままだと千佳は危険だ。だからトリガーを持たせる必要があると思う。それから出穂は、きっと千佳が入る事になれば心配だからって一緒に付いてくる。あいつはそういうやつだから」

「うーん、私もそれが一番だとは思うけど、それは本人たちが決めることだからねぇ。ただ千佳ちゃんだけはこのまま放置って訳にもいかないから、もしもボーダーに入らないってなっても、何らかの措置は取られると思う」

 ボーダーとしても、朧以上のトリオン量を持っている『雨取 千佳』という存在を野放しにはしないだろう。
 もちろん強制的に入隊させることはしない筈だが、彼女自身や周囲の人間の為にも、何らかの保険は掛けると思われる。

 ただ、やはり安全という面では朧が言った通りボーダーに入隊するのが一番だ。
 自分の身は自分で守る。
 もしくはそれが出来なくとも、仲間が来るまでの時間稼ぎが出来るくらいには戦えた方が良い。
 いざという時に力があるのと無いのとでは精神的な余裕が大きく違ってくるからだ。
 そしてその差が、時として生死を分ける時もある。

「結局は本人たちの意思か……。それじゃあ二人に聞いてみるよ。ボーダーに入るのか、入らないのかを」

「うん、そうしましょ」

 できれば入って欲しい。
 サイドエフェクトである『超直感』が朧に伝えてくるのだ。
 二人をボーダーに入れろ、と

 

 ◆◆◆

 

「ど、どうだった? 私たちのトリオンってやつは」

 朧とユリが出穂たちのところに戻ると、待ちきれないとばかりにさっそく出穂が声をかけてきた。

「出穂はボーダー隊員と同じくらいのトリオンだったよ。トリオンの量で全てが決まる訳じゃないけど、ボーダーでも十分に上を目指せるくらいの結果だった」

「ほへー、よくわかんないけど、良かったならそれでいいや。それでチカ子は?」

「千佳の方は……」

 朧が少し言い淀むと、千佳はコテンと首を傾けた。
 その姿になぜか出穂は悶えている。
 朧がユリの方にも視線を向ければ、彼女もまた同じように悶えていた。

 気を取り直して朧は話を続ける。

「……千佳のトリオン量は、やっぱり凄く多かった。それが原因でネイバーに襲われていたのは間違いないだろう」

「そっか……そうだったんだね」

 ネイバーに頻繁に狙われていたのがやはり自分の所為だった知り、千佳は暗い表情を落とした。

「まぁまて。それで二人に提案があるんだ」

「提案?」

「そう。千佳、出穂、二人ともボーダーに入ってみないか?」

「わたしたちが……」

「ボーダーに……」

「ボーダーに入ればネイバーに対抗できる。もしも戦うのが恐れば、恐いなりの戦い方があるから大丈夫だ。いますぐ答えを出す必要はないけど、しっかり考えて決めてほしい」

 そこでユリが付け加える。

「あ、ひとつだけ言っておくけど、一応トリオン云々って機密なんだ。だからボーダーに入る入らない関わらず、トリオンに関することは誰にも話しちゃ駄目だからね?」

「え、あの、だったら私たちにも話さない方が良かったんじゃ……」

「一般人には知らされてないだけで、調べようと思えば案外簡単に分かっちゃうものだから大丈夫。気を付けてくれるだけで十分だよ。それに、君たちは朧くんの友達だしね。この子が信頼しているならいい子に違いないわ」

「……ボーダーって意外と緩いんですね。私はもっと厳しい規律みたいなのがあると思ってました」

 思いのほかユリの態度が柔らかく、それを見てボーダーに対するハードルがいくらか下がったようだ。
 狙ってやったのかは定かではないが、事実ボーダーの規律はそこまで厳しいものではない。
 特にこの玉狛支部に至っては飛びぬけてそういったものとは無縁である。
 ある意味、規則という言葉と正反対のところにある支部かもしれない。

 そんなユリの話に感化されたのか、千佳は少しだけボーダーという組織に興味が湧いたようだった

「わたし、ネイバーに連れて行かれた兄と友達を助けたいです。もしもボーダーに入ればそれができますか?」

「うーん、できる……かもしれないとしか言えないわね。すっごく訓練を頑張って、実戦でも結果を残せば、遠征という形で向こうの世界に行けるかもしれない。ただ悲しいことを言うけど、ネイバーに連れていかれた人たちがまだ生きているっていう可能性は、すっごく低いよ?」

 ネイバーに連れ去られた人間は決して少なくない。
 過去に起こった大規模侵攻のときや、突発的に発生する襲撃で未だに増え続けているくらいだ。
 だが、連れ去られた人間が無事に帰還したという話は一度も無かった。
 つまりそれは、生存しているという可能性は極めて低いということに他ならない。

 しかし、それでも千佳の意思は変わらないようだった。
 見た目に似合わず、強い意思を感じさせる眼差しで真っ直ぐにユリのを見つめている。

「でも、ほんの少しでも可能性があるなら、わたしはそれに賭けてみたいです」

「んじゃ、私もチカ子に協力する! 一緒にボーダーに入って、チカ子のお兄さんと友達を助けるよ。というわけだからよろしくねー、朧先輩?」

「……背中がムズムズするから普通に呼んでくれ」

 朧はそう言いつつも、二人がボーダー入隊を決めてくれたことに安堵したのだった。

 

   

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