玉狛支部には強化人間がいるらしい。25

 千佳と出穂がボーダーへと入隊を決めてから数日が経過した。
 二人は無事に保護者からの許可を得て、仮入隊という形で玉狛支部所属のボーダー隊員となっている。
 次のボーダー正式入隊日の予定が一月なので、それまではあくまで仮として扱われるのだ。

 だが、特例として膨大なトリオン量を誇る千佳だけは、ベイルアウト機能が付いたB級隊員用のトリガーを持たせることが決定していた。
 ネイバーに狙われやすい彼女だからこその異例の処置である。

 もっとも、既にブラックトリガー並みのトリオンを持つ千佳ならば、そう苦労せずにB級に昇格できるだろうというのが玉狛メンバーの予想であった。

「スナイパーに必要なのは忍耐力だ。ここぞという時までジッと待ち、絶妙なタイミング見計らって引き金を引く。簡単に聞こえるかもしれないが、これはかなりの精神力が要求される。そしてそれは日頃の練習も同じ。意識的に一発一発集中して的を撃て。いいな?」

「はい、やってみます」

 師匠となったレイジの言うことをしっかりと心に刻み込む千佳。
 早くもトリオンモンスターという異名が定着しつつある彼女の適性はスナイパーだった。
 というか、性格的にも能力的にも近接のトリガーで高速戦闘をすることに致命的に向いておらず、自動的にスナイパーに収まったのである。

 ただ、それでも千佳に素質が無いわけではない。

 確かに彼女には天性の才能があるわけではなかったが、それでも愚直なまでに訓練に取り組む事ができるのは、紛れもなく一種の才能であると言って良いだろう。
 こうして教師を務めているレイジも、いずれはトップクラスのスナイパーになれると太鼓判を押すほどだ。

 そして千佳は出現している的に向かって、標準的なスナイパーライフルである『イーグレット』を構えた。
 パン、パン、パンと、コンスタントに撃ち続けながらも、言われた通りしっかりと一発ずつ集中して引き金を引いている。
 その甲斐あってか、狙った的を大幅に外れることは一度もなかった。

「――よし、この前よりも命中率が上がって来ている。この調子で腕を磨いていけばB級に上がるのもそう難しくはないだろう。ただ、気を抜けばすぐに腕は落ちていく。雨取なら大丈夫だとは思うが、日頃のトレーニングはサボるんじゃないぞ?」

「はいっ、ありがとうございます」

 ペコリと頭を下げ、再び上げた表情には疲れた様子は見られない。
 小柄な体格にはまるで似合わない気力と集中力だ。
 レイジも思わずそんなひたむきな姿勢の千佳に笑みが溢れていた。

 そしてその一方で、もう一人の新人である出穂の指導役には、もさもさの頭がトレードマークである京介が任命されている。
 こちらはスナイパー組の的当て訓練とは違い、かなり実戦的な訓練を行っているようだった。

 今もまた、出穂が京介に孤月を構えて立ち向かって行こうとしている。

「とりまる先輩! もう一回お願いします!」

「ああ、いいぞ。だが踏み込みが孤月の動きとあまり合っていない。おそらく、無意識のうちに空手の間合いで戦おうとしているんじゃないか?」

「なるほど。言われてみればそうかもしれません。次はそれを意識してみます!」

 出穂は幼い頃から空手を習ってきたという事もあり、直接相手とぶつかり合う近接系のトリガーが扱いやすいようだった。
 本人は『スナイパーが一番カッコいいから!』と謎の拘りを見せたが、京介が孤月を使ってランク戦をしている過去の映像見せると、すぐに『刀最高!』と意見が変わっている。
 なので、こうして京介から孤月の扱い方を学んでいるのだ。

 京介は面倒見もいいので、グイグイくる出穂に対してもめんどくさがることなく丁寧に指導している。
 思いのほか性格的に相性が良いのかもしれない。
 その上、こういった実戦的な教え方は出穂に合っているようで、メキメキと実力を上げていた。

「おっ、いまの攻撃は中々良かったぞ。だけどまだ、孤月を振る動作が途切れている時がある。その癖は早めに治しておけよ」

「押忍! とりまる先輩!」

 普段から身体を動かすのが得意だった出穂は、刀型のトリガーである孤月を使う姿は最初からそこそこ様になっていた。
 京介曰く、筋はかなり良いらしい。
 ゆくゆくはオプショントリガーを使いこなせるようになれ、千佳同様に上位争いにも参加できるかもしれない程の素材のようだ。

 こうして彼女たちは、二人とも仮入隊中の隊員のレベルをはるかに超えて成長していく。
 恵まれた環境と良き師匠に巡り合い、急激な成長を可能にしているのだ。

 ――しかし、一人だけ余ってしまった悲しい小南ちゃんは、こうして寂しくお菓子を食べているのだった……。

「ちょっ、変なナレーション入れないでください!」

 そんな声を上げたのはユリと小南の二人である。
 リビングにはユリと小南、それから朧と栞と雷神丸の姿があったが、こちらは訓練中の4人とは打って変わってお菓子を食べながらゆったりとしている。
 ちなみに陽太郎はちょうどお昼寝の時間なのでお休み中だ。

「ははは、ごめんごめん。ほら、このお煎餅食べる?」

「……食べますけど」

 千佳はスナイパー志望なので必然的にレイジが指導することになり、出穂は孤月を使うことになったので京介が担当となった。
 小南も少し前までは孤月を使用していたので指導できるのだが、過去の京介の戦闘映像を見た出穂が彼に指導してもらう事を希望したのだ。
 それで後輩を育てるということに燃えていた小南は、少しヘソを曲げているという感じである。

「雷神丸のアゴでも撫でるか? いまなら先輩がいないから撫でても大丈夫だぞ?」

「要らない……ってかあんた、やっぱり陽太郎よりも雷神丸に懐かれてるじゃない。雷神丸が誰かの膝の上に乗っているのなんて初めて見たわ」

「それは単純に先輩がまだ小さいだけだろう。別に俺の方が好きってわけじゃないよ」

 朧は雷神丸のアゴを撫でながらそう言った。
 この場にいる誰もがリラックスしている雷神丸の顔を見て、『間違いなく朧の方に懐いている』という考えが浮かんだが、陽太郎が聞けば拗ねると思って誰も口にはしなかった。

「小南、折角だし朧くんと勝負でもしてきたら? いま使ってる『双月』、もうかなり使いこなせるようになったんだよね? 今ならいい勝負出来るんじゃない?」

「……確かにそうね、栞。訓練室のセッティングをお願い。今日こそリベンジよ!」

「はいはーい。そう言うと思ってさっき終わらせておいたよ」

「さすが栞ね。仕事が早くて助かるわ。それじゃあ行くわよ、朧!」

 そう言って小南は、朧を空いている訓練室まで引っ張っていった。
 結果は――残念ながらいつも通り朧の勝利だったが。

 

   

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