玉狛支部には強化人間がいるらしい。27

「――と、いうことがあったんだ」

 朧は今日の学校で修に相談された千佳の件について、皆が集まっている夕食の時間に説明した。
 今日の食卓には朧とユリ、それからレイジと陽太郎の四人しかいない。
 だが、玉狛支部の実質的な管理者であるユリと、隊員たちのリーダー的な存在であるレイジが居れば許可を得るのに問題はなかった。

「ふーん、別に良いんじゃない? ボーダー隊員が見学に来るなんてそう珍しくもないしね。それに、千佳ちゃんも知っている人だったらそこまで緊張しないだろうし」

 ユリの視線はレイジへと移る。

「千佳ちゃんの師匠であるレイジくんはどう思う?」

「そうですね……俺も問題ないと思いますよ。いずれはランク戦にも出なきゃいけませんし、誰かに見られる練習だと思えば悪くないです」

 C級隊員となれば、ランク戦に参加して隊員同士で戦わなくてはならなくなる。
 そして、その様子を大勢に見られるのだ。
 初めは緊張してしまう者も少なくなく、見られることに慣れておくことも必要だった。

「レイジ、千佳ってスナイパーとしてはどのくらい強い?」

「スナイパーとしての技量は、正直に言ってまだまだだ。ただ、狙撃技術だけなら結構良い感じになってきているな。とりあえずC級のレベルは超えている、といったところか。そろそろ仮想空間でネイバー相手との戦い方を教えるつもりでいる」

「ボーダーに入って数日って考えると十分すぎる成長だね。まぁ、本当に大変なのはこれからだろうけど」

 スナイパーはただ遠くの目標を撃てばいいだけではない。
 攻撃すれば敵に自分の位置を捕捉されてしまうので、すぐに別のポイントに移動しなければならないのだ。

 そして、その際に重要になってくるのは瞬時に状況を見極める判断力や、すぐさま実行に移せる行動力。
 残念ながら実戦経験がまだない千佳には、まだそのどちらも備わっていなかった。

 さらに、そもそも動いている敵を撃つというのは、止まっている的を撃つのと比較にならないくらいに難しい。
 なのでそういう意味では、千佳はまだスナイパーとしては半人前だと言わざるを得ないだろう。

 もっとも、彼女には他の者には無い武器――莫大なトリオンがある。
 極端なことを言ってしまえば、使用者のトリオン量によって威力が左右されるスナイパー用のトリガーである、『アイビス』を発射しまくれば無敵だろう。

(ネイバーを倒すと同時に街が吹き飛びそうな気はするけど、仮想空間か危険区域内だったら問題ない……はず)

 千佳がアイビスを発射して、ネイバー諸共街を破壊してしまう光景が簡単に想像できた。
 それからオロオロと狼狽えてしまう姿も。
 ……少しだけ小動物のような可愛らしさを感じてしまったのは秘密だ。

「なら明日にでも千佳ちゃんに聞いておいてくれる? それでもし嫌だって言ったら、何か別の方法を考えましょ」

「わかった」

 そうして話が終わると、朧は再び夕食を食べ始めた。
 今日の夕食のメニューは陽太郎の希望で唐揚げになっている。
 担当が一番料理が得意なユリだったこともあり、陽太郎は彼女が作った唐揚げを一心不乱に口に詰め込んでいた。

「あ、そういえばテストの方はどうなの? 確か学生はもうすぐテストがあるんでしょ?」

「出穂がちょっとヤバそうなこと以外は大丈夫。今は俺と千佳で教えてるとこ」

「あー、出穂ちゃんって勉強苦手なんだ。……あれ、そういえばウチって何気に勉強できる人ばかりじゃない?」

 ユリは玉狛支部のメンバーを思い浮かべてそう言った。
 陽太郎はまだ幼児である為に分からないが、血縁者二人が勉強は得意だったので恐らく問題ないと思われる。
 そして迅、レイジ、小南、京介、朧と思い浮かべていくが、全員もれなく勉強ができる部類だった。

「言われてみればそうですね。小南も勉強はできるらしいですし、迅も学生だった頃はちゃっかり良い成績をもらってました。となると……」

「馬鹿は出穂だけだね」

 レイジとユリが言い淀んでいるところに、バッサリと朧が言い切った。
 もしも本人が聞けば、その残酷な事実を受け入れられずに膝から崩れ落ちるかもしれない。

「はっきり言い過ぎよ。出穂ちゃんが可哀想でしょ? ……それに、勉強なんて今後の努力次第で変わるかもしれないし?」

「……かなり厳しいと思うけど」

 今日の勉強会を思い出し、朧には出穂がカリカリと勉強に打ち込む姿が全く想像できなかった。
 よほど数学、というか勉強が嫌いなのだろう。
 初めの方は調子良く問題を解いていたのだが、時間が経つにつれて徐々に集中力が途切れていったのだ。
 終盤はほとんど魂が抜けたような状態となっていたほどである。

(勉強ってそんなに嫌なものじゃないと思うんだけどな。新しい知識を覚えるのって、結構楽しいし)

 そんなことを考えていると、突然ユリが『フフッ』と笑みをこぼした。

「どうかした?」

「ああ、ごめんね。朧くんが最初に玉狛に来た時と比べて、ずいぶん目が優しくなったと思って。ずっと一緒にやってきた身としては嬉しくなっちゃった」

「俺の目って変わったか?」

「変わったよ、すごく。良い方に成長したね。今はとっても優しそうな目をしてると思うよ」

「……自分ではよくわからない」

 そう言って両手で顔をグニャグニャと弄っている朧を見て、ユリとレイジは微笑みを浮かべたのだった。

 

   

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