スナイパーライフル型のトリガーである『アイビス』を静かに構える千佳。
アイビスは使用者のトリオン量に応じて威力が変動するトリガーだ。
彼女の小さい身体には全く似合わない武器だが、アイビスの性能を考えれば千佳ほどこのトリガーに相応しい者はいないだろう。
そして、覗き込んだそのスコープから見える先には、多くのネイバーの姿が確認できた。
数は全部で10体。
バムスター、モールモッド、それから遠距離から砲撃をしてくるバンダーというネイバーがいる。
それら全てが千佳のいる場所へまっすぐ向かってきていた。
「……撃ちます」
少し緊張した様子で短く呟き、千佳はネイバーの集団に対してアイビスの銃弾を発射する。
――ドガァァァァァンッッ!!!
アイビスの銃口から発射されたそれは、もはや弾ではなくビームと言った方が適切だろう。
極太の光線がネイバーを根こそぎ消滅させ、市街地を綺麗な更地へと変貌させていた。
桁違いのトリオン持っている千佳がアイビスを使えば、こうして圧倒的なまでの威力を発揮するのである。
「す、すごい……。まさか千佳がこんな力を持っていたなんて、思いも寄らなかった……」
千佳がネイバーを瞬く間に殲滅する一部始終をモニターから見ていた修は、様々な感情が入り混じったような表情でそう呟いた。
修にとって千佳は妹のような存在だ。
彼女の実の兄が消息不明となっていることもあり、心のどこかで自分が守らなければならないと思っていた。
それがこうして自分よりもはるかに凄い才能があったのだと思うと、複雑な感情を抱いてしまうのも無理はないだろう。
しかし、それでも修の表情はすぐに晴れやかなものへと変わった。
「ぼくが心配するまでもない、みたいですね。こんなに凄いとは思いませんでしたけど、これならボーダーに入るというのも安心できます。今日はわざわざありがとうございました」
「いいよいいよ、全然大丈夫。あ、そうだ。せっかく玉狛まで来たんだし、時間があるならウチのA級隊員と模擬戦でもやってみる?」
ユリの突然の思いつきに修は目を丸くした。
同時期に入隊した隊員にも中々勝つことが出来ていない自分が、それよりもはるかに強い人を相手にするなど想像もできない。
「えと、ぼくがですか? どんなに頑張っても、ぼくがA級隊員の方に勝てるとは思いませんけど……」
「別に勝てと言っているわけじゃないよ。修くんってC級隊員だったよね? だったら、格上と戦ってみるのも良い経験になると思う。まぁ、もちろん無理にとは言わないけど」
修が玉狛支部に所属するA級隊員に勝つことは難しい……というか、まず不可能だ。
今の彼ではどんな対策や奇策を練ったとしても、木崎隊のメンバーや朧に勝つことなどできない。
ただ、格上との戦闘は間違いなく修にとってプラスになるだろう。
ユリの経験上、それは断言できる。
「経験……わかりました。それじゃあ、よろしくお願いします」
「オッケー! なら――朧くん、ちょっといい?」
ユリはすぐ近くで小南と共に携帯ゲーム機で遊んでいる朧に声をかけた。
「ん、なんだ?」
「修くんと模擬戦してあげて。それから、できれば何かアドバイスしてあげて欲しいの。頼める?」
指導するのであれば一番最初に思いつくのはレイジ、次点で京介といったところだった。
しかし、レイジはいま千佳の指導中で、同じく京介も出穂の指導中だ。
となると残っているのは朧と小南だけ。
良くも悪くも天才型である小南には、自分と同じく天才型の指導しか向いていない。
そして残念ながら、ユリが調べた限りでは修は天才型ではなく、むしろ小南には一番指導させてはいけないタイプだと思われる。
故に修の相手には必然的に朧が選ばれたのだった。
「わかった。小南、ゲームは少し中断だ。続きはまた後でやろう」
「仕方ないわね。あんたの分まで素材を集めておいてあげるから、早く戻ってくるのよ」
「助かる」
そうして小南とのゲームを中断し、朧はさっそく模擬戦についての話し合いを二人と進めることにした。
「模擬戦って言ってたけど、修はどのトリガーを使っているんだ?」
「ぼくはレイガストを使ってる」
「レイガストか……。これはまた難しいトリガーを選んでるな」
確かにC級隊員が選べるトリガーの中では一番強そうに見えるので、とりあえずレイガストを使ってみるという者も少なくはない。
ただ、レイガストとは攻防どちらもこなせる優れたトリガーなのだが、その分扱い難さも他のよりも際立っているのだ。
その上、C級隊員はオプショントリガーと呼ばれるサポートタイプのトリガーをセット出来ないため、満足にレイガストの良さを発揮できないだろう。
「まぁいい。なら、俺もレイガストを使って相手をしよう」
C級隊員である修にジェミニを持ち出すほど、朧は空気が読めない訳ではない。
ユリが自分に求めていることは、修を徹底的に叩きのめすことではなく、ボーダー隊員としての成長を促すきっかけを作ることである。
そのくらいの意図はちゃんと理解していた。
なので修と同じく、レイガストを使って模擬戦をすることにした。
「メインで使っているトリガーじゃなくても大丈夫なのか?」
「問題ない。一通りどのトリガーでも平均以上は扱えるように訓練してある」
普段はほとんど使うことがないレイガストだが、それでもC級隊員に遅れを取ることはない。
それどころか、朧の実力はトップクラスのレイガスト使いにも匹敵するほどだ。
それを知らずに戸惑っている修にユリが付け加える。
「大丈夫よ、修くん。この子が言っていることは本当だし、こう見えてボーダーの中でもトップクラスの実力者だから。遠慮しないで思う存分戦ったらいいわ」
「……朧ってそんなに凄かったのか」
驚いている修の視線を感じながらも、朧はユリにレイガストをセットしてもらい、訓練室で修との模擬戦を開始した。