玉狛支部には強化人間がいるらしい。29

 相対する両者。
 いつも通り感情が見えない朧と、緊張で表情が硬くなっている修。
 そしてお互いの手には大きなブレードのように見えるトリガーを構えており、久しぶりにこの『レイガスト』を握った朧は多少の違和感を感じていた。

「コレを使うのも久しぶりだ。そういえば、初めてトリガーを触ったのもこのレイガストだったな」

 パッパッとレイガストをブレードから盾へ、盾からブレードへと変化させて感触を思い出すように動作を確かめる。
 こうして戦闘中でもすぐに攻守を切り替えることができるのが、このトリガーの強みだ。
 攻守が揃った、言わば完成されたトリガーである。

 ただ、その様子を見ていた修は目を丸くして驚いているようだった。

「どうかしたか?」

「えーっと。レイガストって、そんな風に盾にもなるのか?」

 朧は一瞬だけポカンとした表情になり、その後に一体何を言っているんだという視線を修に向ける。
 レイガストには、他にもオプショントリガーを付けることで戦いの幅が広がる強みもあるが、それでもやはり一番の特徴はこの形態変化だ。
 レイガストを使っている者……いや、使っていなくともそれは常識と言えるだろう。

「むしろ、こうやってモードを使い分けられるというのが、このトリガーの一番の強みじゃないか。……まさか知らなかったのか?」

 コクリ、と修は首を縦に振った。

「……そうか。レイガストの基本は攻守の切り替えだ。ブレードで攻撃し、盾で防御する。無論、この盾モードの強度は『シールド』よりも低いから注意しておけ」

「わ、わかった」

 もっとも修の場合、彼自身の勉強不足というよりもボーダー側の指導不足と言った方が良いのだが、そんな事情を知らない朧は単にそういうこともあるのだろうと思うことにした。

「それじゃあ修。俺はいつでも良いから、まずは好きに戦っていいぞ」

「わかった。なら胸を借りるつもりでやらせてもらう」

 初めは朧がA級隊員だということに半信半疑だった修だが、向かい合ってみると凄まじいプレッシャーを感じていた。
 それをスルーできるほど修は鈍感ではない。
 今まで戦った誰よりも……いや、その全てがまとめて襲い掛かったとしても、彼には勝てないのではないかとさえ思えてしまう。

 そんな中で、修はさっそく覚えたての盾モードを使いながら突貫した。
 心情から言えば盾で自分の身を守りながら接近できる手段を取った、と思われる。

 しかし、それは間違いなく悪手だ。

「遅い」

「うわっ!?」

 向かってくる修の背後にスルリと回り込み、背中にバツを描くようにレイガストで斬り刻んだ。
 そしてその攻撃によってあっさりと彼の敗北が決定し、トリオン体がベイルアウトしていく。
 模擬戦なのですぐに復活するとはいえ、あまりにも簡単にやられた修は何が起こったのかよく分かっていない様子である。

「さぁ次だ。とりあえず10本くらいやってみよう」

 そうして朧の宣言通りの回数、修が斬り刻まれた。
 本来ならレイガストの基本的な戦術として、『スラスター』という専用のオプショントリガーを付けると高速短距離移動が可能になるのだが、C級である修にオプショントリガーはまだ使えない。
 なので朧も同様に今回の戦いでは使用を制限している。

 だがそれでも、あまりにも修のことが脅威だとは思えなかった。

「修、お前は俺を倒すつもりがあるのか?」

「え? 倒そうとはしてるけど、お前を倒すなんて無理じゃないか?」

「違う、そうじゃない。倒せるかどうかを聞いているんじゃなく、俺をどうやって倒そうとしているかを聞いているんだ。今みたいに闇雲に向かって来たところで、俺を倒すことは絶対にできない。だから考えろ。どうやって俺にレイガストの刃を届かせるのかを」

「どうやって届かせるか、か」

 朧と修の実力差は歴然だ。
 ボーダーでもトップクラスの強さを誇る朧と、片やまだC級に成り立ての新米隊員である修。
 これまでのように馬鹿正直に向かって来たとしても、万に一つも修の勝機はないだろう。

 だからこそ修は考えなければならない。
 自分に何ができるのか。
 どうすれば自分の力で相手を倒すことができるのか。
 持たざる者は人一倍思考しなければ這い上がることはできないのだ。

「……わかった。もう一度だけ付き合ってくれ」

 修には何か考えがあるようだ。
 今までのどこか負けを前提とした態度ではなく、真摯に勝利を追い求める瞳へと変わった。

「了解だ。期待している」

 再び最初の位置に立って仕切りなおす両者。
 そして、修は一番初めと全く同じ動きで、盾を展開したままの突貫をしてくる。

 ――結局はまた同じか。それじゃあお前が上に上がってくることはできないぞ。

 そんな落胆にも等しい感情を抱きながらも、迎撃のために動く朧。
 再び修の背後に回り込もうとするが、流石にそれは読んでいたらしく、しっかりと動きに付いてきていた。

 だが関係ない。
 そのまま身体の中心部にレイガストを突き刺し、その瞬間に大量のトリオンが修から流れていく。
 あっけない終わりだったと思いつつ、レイガストを修のトリオン体から引き抜こうとすると、朧の超直感が警鐘を鳴らした。

「っ!?」

「はぁああっ!」

 なんと修は左手で自分に突き立てられたレイガストを掴み、朧の動きを一瞬止めた上で、躊躇なく朧にレイガストを振り下ろした。
 まさに捨て身の攻撃。
 肉を切らせて骨を断つどころか、心臓を捧げて肉を切るような真似である。

 これが彼なりの答えなのだろう。
 自分の実力では勝つことができないと判断し、まぐれ当たりに全てをかけたのだ。

「っと、今のは中々危なかった」

 しかし、決死の覚悟で振るわれたその一撃を、トリガーを解除することで間一髪回避する朧。
 あと数ミリ。
 だがその数ミリの僅かな距離が、修には途轍もなく遠い距離にあると錯覚してしまうほど、その攻撃が当たる気がしなかった。

「はは……これならいけると思ったんだけどな。A級って、こんなに凄いのか」

「狙いは悪くなかった。格上相手には、今みたいに引き分けへ持ち込もうとするのも一つの答えだから。油断していたらA級隊員でもやられていたかもしれない。ただ、俺には効かなかった。惜しかったな」

 このまま時間が経てば、何をしなくても数秒後にはトリオン流出過多で撃破判定されるだろう。
 だが、少しだけ自分を驚かせた修に敬意を表し、ちょっとした技を見せることにした。

「最後に良いものを見せる。目を閉じず、脳裏に焼き付けろ」

「え……?」

 離れた距離からオプショントリガーである『スラスター』を発動し、修との距離を高速移動で一気に詰める。

 そして――朧の姿がかき消えた。

「――え?」

 再び同じ言葉が修の口から漏れ、そして次の瞬間に彼が見たのは、トリオンが大量に噴出している首の無い胴体がゆっくりと倒れていく光景だった。

 

   

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