玉狛支部には強化人間がいるらしい。30

「……最後のは一体何が起こったんだ?」

 未だに自身に起こった出来事が理解できていない様子の修は、それを為した張本人である朧にそう問いかける。
 彼が急接近したスピードも不可解だが、その後に姿が消えたのも更に不可解であり、まるで瞬間移動して消えたようにも見えた。

 それまでの試合も一方的な内容だったとはいえ、それはまだギリギリ目で追える程度だ。
 しかし、最後の動きはそれすらもできないほど速く、気付けば首が飛んでいたというレベルである。
 修にとっては完全に理解できる範囲を超えていた。

「あれはオプショントリガーを使った動きだ。名称は『スラスター』。レイガストの専用オプショントリガーだな。この先レイガストを使うかどうか関係なく、ああいうのも頭に入れて置いて損はないぞ」

 先ほどの戦闘で朧が見せたのは、簡単に言ってしまえばスラスターの連続使用による二段階高速移動だった。
 スラスターは自身のトリオンを噴出させ、それを推進力に変えるというトリガーなのだが、その威力を調節し、速度に変化をもたらすことで相手の視界から消えたように見せるテクニックである。

 その説明を聞いた修は、理解できたようなできないような、そんな微妙な表情を浮かべた。

「スラスター、か。そのオプショントリガーってやつを使えば、ぼくにもあんな動きができるのか?」

「練習すればできるんじゃないか? ただ、修の場合はそれ以前の問題だ。あまりにも戦闘に慣れてなさすぎる。今後は積極的にC級のランク戦に参加して、戦闘に体を慣らしておくと良い」

「そうか。わかった、そうするよ」

「それと、オプショントリガーはC級ではまだ使えないから、しばらく修があの動きを出来ることはない」

「……そうか」

 修は少しだけ落胆した様子を見せた。
 朧の動きを自分でも再現してみたい、そんな思いがあったのだろう。
 ただ実際、例えオプショントリガーを使えるB級隊員に上がったとしても、修が朧のような超人的な動きを真似するのは難しいと言わずをえない。
 もちろん絶対に不可能とまではいかないが、それが茨の道であることには変わりなかった。

「玉狛には俺以上にレイガストの扱いが上手い隊員がいる。時間がある時に頼めば、もしかしたら指導してくれるかもしれないな。暇な時にでもまた玉狛に来るといい」

「それは有り難いけど、迷惑じゃないか?」

「問題ない。お前は悪い奴じゃないからな。みんなも歓迎すると思う」

「えーっと、ありがとう?」

 突然褒められた?ことに戸惑いながらも訓練室から出ると、そこには小南や栞を含めて現在玉狛にいる全員の姿があった。

「なんだ、みんなさっきのを見てたのか?」

「ええ、途中まではつまらなくてゲームしてたんだけど、面白くなりそうだからここでモニターしてたのよ。最後だけはちょっとだけ面白かったわね」

 どうやら小南の目から見ても、最後の修の動きは良かったらしい。
 こと戦闘に関しての小南の目は非常に厳しいので、そんな彼女が面白いと言うのはかなり珍しいことだった。

 そして、今までレイジと訓練していた千佳も修に声を掛ける。

「惜しかったね、修くん。もうちょっとで朧くんに攻撃を当てれそうだったのに」

「いや、まだまだだよ。結局、朧には一度も攻撃を当てることすら出来なかったし、終始圧倒されてしまった。本当に彼は強かったな」

 流石に勝てるとは思っていなかったが、攻撃すら当たらないほどに実力差があるとは思っていなかった。
 すると、それを聞いた小南が思わず口を挟む。

「そりゃそうでしょ。伊達にA級を名乗ってる訳じゃないのよ。むしろC級隊員にやられるようなら、あたしが朧に喝を入れなきゃいけないわ。それに、朧は終始動きを制限していたわよ?」

「え?」

 あの動きで制限されていたという小南の言葉に、修は俄かには信じられないと朧の顔に視線を向ける。

「そうだな。まぁでも、最後のは一瞬ヒヤリとさせられた。十分すぎる成果だと思うぞ」

「あれで、か。……ははっ、本当にまだまだだな。でも何か目標が見えた気がする。今日はいい経験になったよ。ありがとな、朧」

「当然ね! 朧との戦闘は本当に為になるんだから!」

「……なぜ小南が胸を張っている?」

 えっへんと誇らしげに胸を張る小南に疑問を投げかける朧だったが、その声は彼女には届かなかった。

「まぁいいや。それよりゲームの続きをやろう」

「ほい来た! さっきまで栞と一緒に準備にしてたのよ。もう準備はバッチリよ!」

 その様子を見ていた出穂は、少し疲れた様子でお菓子を摘まむ。

「うーん、アタシはもうちょっと休憩しようかな。疲れちゃったし」

「勉強しなくても良いのか?」

「うげっ、すっかり忘れてた。はぁー、今からやるよ……。とりあえず数学は二人にみっちり教えてもらったから、あとは暗記科目をひたすらやれば赤点は回避できる……はず」

「頑張れ」

 激励の言葉を送りながらも、『ほら早く早く!』という小南の急かす声に釣られて早々にゲームを始めた。
 朧は今がテスト期間中だからといって、慌てて勉強する必要はない。
 普段の授業でも十分だし、そもそも特別良い成績を取ろうとは思っていないのだ。

「う、羨ましい……いや、恨めしい」

 そして、朧との頭脳格差に悔し涙を流しながら机に齧り付く出穂。
 その甲斐あってか、無事に学校のテストでは全ての教科で赤点は回避することには成功したのだが、朧と千佳の結果を見て密かに『自分も次こそは!』と決意したのだった。

 

   

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