ダイジョーブじゃない手術を受けた俺161

 明日からいよいよ合宿が始まるんだが、まだあの地獄を知らない一年生組は気楽なもんだった。
 沢村なんて今朝も元気に朝練をこなしつつ、それどころか待ち受ける地獄を楽しみにしている様子すらあったんだから。
 せっかくやる気を出しているのでそのまま放置して様子を見ることにしたが、去年の自分を見ているようで少し哀れだ。
 きっと明日からは毎日限界まで追い込まれて地獄を見ることになるだろう。

 ま、無事に乗り切れたら一皮も二皮も剥けるだろうから良い経験だと割り切った方がいい。
 しんどいのは間違いないが、肉体的にも精神的にも成長出来るのは確かだから。

 そんなことを考えながら夢うつつのまま机に突っ伏していると、聞き慣れたチェイムが鳴って先生が授業の終わりを告げたのが聞こえてくる。
 俺はむくりと体を起こし、軽くストレッチしてから御幸の席に向かった。

 あ、ちなみに今年も同じクラスには御幸と倉持がいるので学年が上がった感じがしない。
 普段は野球部の連中以外とはあまり話さないし。
 それから夏川もまた一緒のクラスになれたんだけど、今はどうやら教室に居ないみたいだった。

「早いとこ昼飯食べに行こうぜ。混むと席を確保するのが大変だ」

「だな。おーい、起きろ倉持。置いて行っちまうぞ」

「……ぁあ?」

 倉持は体を強めに揺すられてようやく目を開けた。
 その口元にはべっとり涎の跡が残っており、しっかり休めたことが伺える。
 ただ、こいつの場合は次のテストで赤点を取る可能性があるので、あんまり寝てばかりだとそれはそれで心配だ。
 今回も期末テスト前には勉強会をしてやる必要がありそうかな、これは。

「南雲はともかくお前は授業を聞いておかなくてもテストは大丈夫なのか?」

「ふぁーあ。テストが近くなったら南雲先生に教えてもらうよ」

 他力本願とはこの事である。

「俺は別にいいけど、流石に暗記系までは面倒見切れないぞ。そっちは自分の力でなんとかしろよ」

「ヒャハハハ、暗記は問題ないって。一夜漬けで何とかなるから」

 倉持の一夜漬けは1年の時から見事に赤点を回避してきているので中々馬鹿にできない。
 勿論、そんな方法だと数日で内容は忘れてしまうんだろうけど、テストさえ乗り切れたらそれで良いと本人が言うのだから何も言うまい。
 これで大学推薦を貰えなかったら悲惨だな。
 全国優勝した高校のレギュラーだからまず大丈夫だとは思うけど万が一がある。
 先輩たちも引退後に新品同然の教科書を慌てて開いていたからな。
 少しくらいは勉強しておいた方がいいぞ、倉持くん。
 俺は最悪、自力でどうにかなる学力は持っているから安心だ。

 そんなやり取りをしているうちに少し出遅れてしまったが、こっちも寝起きで気だるいのでゆっくり食堂まで歩いて行く。
 が、既にテーブルはどこもかしこも満席だった。

「あーあ、倉持がモタモタしてるから席が埋まってるじゃん。これだと待たないと座れないぞ」

「お前らだって眠たそうにゆっくりしてたじゃねーか。オレだけのせいじゃないだろ。どうせすぐに空くだろうから待ってようぜ」

 食欲をそそる匂いが空きっ腹に容赦なく攻撃してくるが、どこかの席が空くまで我慢するしかなさそうだ。
 たぶん数分くらいで空くだろう。

「ま、仕方ないか。大人しくここで順番を……ん?」

 どこかに空いている席がないか食堂を見渡すと、一番端っこにあるテーブルにならギリギリで俺たち三人くらいなら座れそうだった。
 しかもそのテーブルに陣取っているのは我らがマネージャー達ではないか。
 食堂では初めて見る珍しい顔ぶれが揃っており、1年の吉川さんも含めたマネージャー全員が仲良く食事をしていた。

「どうした。空いてる席でも見つけたか?」

「そんなとこ。ほら、あそこ。一番奥の小さいテーブル見てみな」

「どれどれ……って、マネージャー達かよ。まさかあそこに混じるつもりか?」

「当たり前だろ。飯が食えて、しかも楽しい。まさに一石二鳥だ。行かないなら置いてくぞ」

 合宿中に更なるパワーアップを図るためにも、ここで心に潤いを齎しておくべきだと本能が叫んでいる。
 確かにあの空間に飛び込むのは多少勇気がいるが、みんな優しいから大丈夫。
 昼食難民と化した哀れな俺たちを快く受け入れてくれるはず。
 気後れ気味の御幸と倉持を引き連れ、俺はマネージャー達が居るテーブルへと向かった。

「奇遇っすね、先輩」

「あら、南雲くんじゃない。どうかした?」

「実は……」

 食堂が混んでいるためどこにも座れないことを説明した。

「そうだったの。ここのテーブルなら少し窮屈だけど全員座れると思うけど、みんなどうする?」

「私は良いですよー」

「同じく」

「わ、わたしも大丈夫です!」

 誰一人として嫌だと言うことなく受け入れてくれた。
 周りのテーブルにいる野郎どもから怨嗟の声が聞こえてくる気がするが、俺には何のダメージも無いので無駄だぞ。
 マウンドで鍛えられた強心臓は健在である。

「みんなありがとう。腹が減って死にそうだったからマジ助かった」

 これが災い転じて福となす、というやつか。
 合宿前にこれ以上ないほどの幸せな時間を過ごすことが出来たのは幸運である。
 これなら頑張れそうだ。

 

   

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