合宿と言っても基本的に午前中はいつも通りの練習を行う。
俺の場合はブルペンでピッチングをしたり、野手に混ざってバッティングをすることが多く、普段と比べて特別ハードなメニューをこなすわけではない。
違いが如実に現れるのは午後、それも日が落ちてからだ。
俺たち二、三年でも今から気合いを入れておかないと乗り切れないかもしれない。
よほど体調が悪くない限りは脱落しないとは思うけど。
「美味い!」
「沢村、もっと食って良いぜ」
「えっ、でも……」
「遠慮すんな。好きなだけ食え。俺が許す!」
「ならありがたく頂きます!」
「食え食え。ヒャハハハ」
みんながこの後の練習に備えて控えめにしている中、倉持に背中を押されて間食として出されたおにぎりに手を伸ばすのは沢村だ。
あーあ、去年やられたことを後輩にまで押し付けるとは、倉持には良心というものが欠けているらしい。
確か去年は倉持が伊佐敷先輩に食わされたんだっけか。
そしてそのあと見事にリバースした、と。
今年は沢村が標的にされているようだが、今更止めても手遅れっぽいし、あいつの胃袋と体力が人よりも優れていることに期待するしかなさそうだ。
「吉川さん。俺にも追加でちょうだい」
「は、はい!」
うまうま。
ちなみに俺の胃袋が普通よりも強いみたいだからいっぱい食べても大丈夫なんだよね。
元から強かったけど、日頃から大量のご飯を食べているおかげで入部当初よりもさらに成長しているし、去年も結構食べた記憶があるけど気持ち悪くはならなかった。
だから躊躇いなく好きなだけ食べられるという訳だ。
「そろそろ練習を再開するぞ!」
哲さんの声で選手たちがぞろぞろと準備を始める。
俺もおにぎりに伸ばす手を止めてスポーツドリンクで流し込み、藤原先輩たちマネージャーに礼を言ってからグローブをはめた。
さて、これで腹ごしらえは十分だ。
ここからギアを上げていくとしようかね。
新しい変化球を試してみたいしな。
◆◆◆
沢村は無事(?)にリバースした。
最後の最後、ギリギリまで耐えてはいたんだけどね。
もう少しで今日の練習が終わるというタイミングで堪えきれずに吐き出したのだ。
それはもうえらい勢いで。
まだまだ合宿は始まったばかりだが、俺も流石に今から自主練をする体力は残っていない。
というかこれ以上は明らかなオーバーワークなので、後は部屋でゆっくり休むことがトレーニングみたいなもの。
さっさと風呂に入って寝よう。
疲れを次の日に残しておくのはよろしくない。
そうして疲れた体に鞭打って風呂場に向かうと、沢村と降谷、そして小湊と鉢合わせた。
体力的に余裕のない一年生3人には特に辛かったんだろう。
みんな湯船に浸かりながらグッタリしている。
普段からランニングを多くやらされていた沢村だけは多少マシだったけど、残りの二人は割と早い段階でダウンしていたからな。
上級生でもしんどいくらいなのだから無理もない。
「あ、南雲先輩。お疲れ様です……」
律儀に挨拶してきたのは小湊だ。
他の2人はそんな気力も無さそうなくらい疲労困憊といった具合だった。
「そっちもお疲れ。初めての合宿はどうだった?」
「……正直、付いていくだけで精一杯でした。練習が終わった後、しばらくはその場から動けなかったですから」
「ははは、最後のランニングをやり切れたなら上出来だよ」
誰一人として脱落者が出なかったのは誇ってもいいと思う。
去年の俺たちだって初日は結構ギリギリだったし。
明日からもこれが続くと思うと憂鬱だろうけど、どんなキツい練習でも何度か繰り返していくうちに身体が慣れて、合宿のハードなメニューもそのうち大丈夫になるもんだ。
不思議なことにな。
「そういえば小湊はゾノと同室だったっけ。上手くやれてるか?」
「はい。前園先輩は面倒見がいいので助かってます。普段からよく気にかけてもらっていますし、同室の先輩があの人で良かったです」
「あいつ顔は恐いけど結構いい奴だからな」
後輩から好かれるのも当然だ。
レギュラー陣を出し抜く為にあまり一緒に練習したがらないセコさもあるけど、それを含めても二年生の中では一番人望がある。
キャプテンとかに向いてるじゃないかな。
自分のことで精一杯になっている俺なんかよりもよほど適性がありそうだ。
「栄純君と降谷君はよく南雲先輩の話をしてますよ」
「俺の?」
「二人ともピッチャーとして先輩に勝つ為にはどうすればいいか、毎日のように話し合っているんですよ。今のところその目処は立っていないみたいですけどね」
それは、なんとも嬉しいことだ。
どうやら俺は後輩からそう思われるような選手になれているらしい。
二人とも面白い投手だからこっちも勉強になるし、いい刺激をもらえる。
この合宿で何か成長のきっかけを掴めれば良いんだけどな。
その後、疲れてそのまま眠ってしまったのか水中に沈んでいた沢村を慌てて引き上げるという事故があったが、俺たちは無事に合宿の初日を乗り切ったのだった。