ダイジョーブじゃない手術を受けた俺163

「今日はよろしくお願いします、クリス先輩」

「ああ、よろしく頼む。遠慮せずバンバン投げてこい」

 今日の練習相手はクリス先輩だ。
 御幸と正捕手の座を巡ってバチバチに競い合っており、先輩は既に俺の全力投球を完璧にキャッチング出来るだけではなく、ホームから二塁への送球も倉持が盗塁を失敗する時もあるくらいにまで強くなっている。

 しかも、ポジション争いによって未だに御幸とお互いを高め合っているのだから味方ながら恐ろしい。

 そしてその御幸は隣でノリのボールを受けていて、時折声をかけてコミュニケーションを取りながらピッチング練習に励んでいる。
 こっちも負けていられない。
 今日はいつも通りの練習に加えて、新球種にも手を出すつもりだ。

 俺が新しく習得するのは、ワンシーム。
 その名からも分かる通りツーシームと同じくムービングに分類される変化球で、縫い目に指を被せるようにして投げるボールだ。
 ツーシームに慣れた指先の感覚がある俺からすると、手っ取り早く試合で通じるような武器にするにはもってこいの球という訳である。

 人によってかなり差が出るけど、このワンシームは基本的にシンカーみたいに右バッターの足元へ落ちる軌道を描く。
 イメージ通りに完成させることが出来ればカウントを稼げる良い武器になる。
 そう思いながらワンシームを投げてみたが……。

「これじゃあキレのないフォーシームだぞ」

「ありゃ? これだと変化すらしないのか」

 次だ次。
 最初はこんなもんだろ。

「これも微妙だ。さっきのよりはマシだが、試合で使えるレベルではない」

 うーん、意外と難しいな。
 握り以外の投げ方とかはツーシームとほとんど同じらしいから、もっと簡単に投げれるようになると思ってた。
 もしかすると想定してたよりも手こずるかもしれない。

 でも、新しい変化球を試すのは未だにワクワクするな。

 手当たり次第に握りや投げ方を変えて試行錯誤し、徐々に新しい武器を完成させていく。
 大抵はすっぽ抜けたり全く変化しなかったりと散々な結果だが、そんな失敗さえも俺は楽しく思えてしまう。
 今も絶賛壁にぶち当たり中だけど嫌になるどころかむしろ楽しんでいるし。

 しかし、その後も数十球ほどあれやこれやと試してみたが、どうにもしっくり来るボールは投げることが出来なかった。

「少し休憩するか?」

 クリス先輩にそう言われて俺は手を止めた。
 根を詰めても成果は出ない、か。
 焦らずとも既に数多くの球種を既に持っているのだから、最悪ワンシームを習得出来なかったとしても十分に戦えるしな。
 そうなったら死ぬほど悔しいとは思うけど。

「……そうっすね。この辺で気持ちを切り替えるためにも、ちょっと休憩を挟みましょうか」

「いい判断だ。もしも行き詰まっているなら、気分転換がてら一年の様子を見に行ってみるか? この時間なら向こうでネットに投げ込みしている筈だが」

 降谷と沢村か。
 そういえばあの二人は今日で合宿は3日目になるにもかかわらず、まだ一度もブルペンに入れていないんだよな。
 監督の指示でずっと基礎トレーニングをやっている。

 まぁ、合宿の練習に参加するだけで精一杯って感じだからそれも仕方ないか。
 週末に他校との練習試合が組まれているらしいから、それまでには入らせてもらえるようになるだろう。
 あいつらは俺から見ても全然基礎がなってないからそれくらいがちょうど良いのかもしれない。

「んー、それはやめときます。今は自分のワンシームに集中したいし……こんな楽しい時間を削られるのは勿体ない」

 先輩として後輩の面倒を見るのも仕事のひとつだとは思うが、ワンシームの練習が楽しすぎてそれどころではなかった。
 俺が行かなくてもあの二人には他の上級生が付いてくれている筈だし、わざわざ様子を見に行く必要もないだろう。
 ちょっとは気になるんだけどね。

 あ、気になるといえば今日は落合コーチの姿がどこにも見えないな。
 我らが青道高校の頼れるプロフェッショナル、落合 博光。
 あの人からは以前にも変化球を習得する際にアドバイスをもらったことがあったし、そもそもワンシームを勧めてきたのは何を隠そう落合コーチなので、今回も何か力になってくれるだろう。

 と、思っていたんだが、今日に限ってブルペンに姿を見せないとはどういう了見か。

 今日ワンシームを試してみるというのは事前に伝えているので、考えられるのは単純に忘れているのか忙しくて手が離せないかのどちらかだ。
 大声で呼んだら来ないかな? 
 流石にやらないけど。

 仕方ない。
 こうなったら俺の方から探しにいくか。
 グラウンドのどこかには居るはずだから、適当にそこら辺を回れば見つけられるだろう。
 そうと決まれば善は急げ。

「ちょっと落合コーチを探して来ますね。いつまで経っても現れないので、こっちから呼んできます」

「俺も一緒に行こうか?」

「いや、先輩は防具着けてるし、俺がパパッと呼んできますよ。ちょっと待っててください」

 そうして俺は駆け足で落合コーチを呼びにブルペンを後にしたのだが、コーチは割とすぐに見つかった。
 というかブルペンから出て速攻で発見した。
 何やら沢村たちに絡まれていたようで、早くブルペンに入れてくれとか直談判されていたらしい。

 ……言う相手を間違ってやしないだろうか。
 監督ならともかく、落合さんに言ってもあまり意味は無いと思うぞ、お前ら。

 

   

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