地獄の合宿も終盤に突入した。
昨日は大阪桐生との練習試合を降谷と沢村の二人が投げ、打ち込まれて試合自体は負けてしまったものの、内容はそこまで悪いものではなかったと思う。
降谷はぶっつけ本番でスプリットを投げたりホームランを打ったりと収穫は多かったし、沢村のピッチングもまだ不安定さはあるがちゃんと通用していた。
それぞれ降谷は御幸、沢村はクリス先輩がリードしたのも良かったな。
合宿の疲れが無ければもう少し違った内容になっていただろう。
そして今日も練習試合が組まれており、1試合目は稲実、2試合目は修北だ。
俺が投げるのは2試合目の修北戦で、稲実の試合は丹波先輩とノリが投げる予定である。
本当は稲実戦で登板したいところではあるんだけど、スタメンもベストメンバーではなく控え選手を中心に組むらしいし、そもそも向こうも成宮は出てこないようなので諦めた。
今日のところは修北との試合に集中するとしよう。
稲実とはどうせ大会でやり合えるんだし。
「向こうは二番手投手の井口さんか。二番手とはいえ他校なら普通にエース級のピッチャーだし、こっちは合宿の疲れもあるから苦しい試合になりそうだな……」
「確か御幸は後半から出るんだっけか」
「ああ。前半は丹波先輩とクリス先輩が、んで後半はノリと俺で出る予定だ。いつも通りに、な」
相変わらず丹波先輩と御幸の相性は悪いままらしい。
ここまで来ると最後まで分かり合えるのは難しそうだな。
クリス先輩が復帰したことで余計にその傾向が強くなっている気がしていたが、やはりその通りだったみたいだ。
「ふーん。ま、別に良いんだけどさ」
無理に合わせる必要もない。
今はクリス先輩もいるんだし、必ずしもピッチャーを優先することが正しいとは限らないのだから。
それに今のところは俺と御幸の意見が決定的にぶつかる、みたいなことにはなっていないから俺としては何も文句はないさ。
そして、丹波先輩が先発として臨んだ稲実との試合は、メンバーに合宿の疲れがある青道が終始押される展開だった。
5イニングを投げて3失点。
ただ、こちらも3点奪い返して同点で試合を折り返した。
6回からはノリと御幸に交代し、勝ち越しのためにもここで試合の流れを掴みたいところだったが、残念ながら青道は常に稲実の後ろを追う形となり、最終的には6-5でこちらの負けが決まったのだった。
稲実には負けてしまったが次の修北には負ける訳にはいかない。
エースである俺が出る以上、どんな相手だろうと負けることは許さないのだ。
修北高校自体はそこまで強いチームではないが、合宿の疲れがあるので油断していれば足元をすくわれかねないし、俺も疲労が溜まっている今の状態では百パーセント全力の力を出し切ることは難しいだろう。
「すぐに次の試合が始まるから準備しようぜ。言っておくが、新しく覚えたワンシームは投げさせないからな。あれは大会の隠し玉にするんだから。
ワンシームは落合コーチの助言によって一応は完成した。
まだまだ俺が求めていたレベルには達していないので、今後も要改善ではあるが初見ならそれなりに通用するだろう。
初見でなくても他の球種と組み合わせればそう簡単には打てないと思う。
もっとも、今日は使う予定はないのだけど。
本当は試合で磨いておきたいんだけど、稲実がいる前で試すわけにもいくまい。
「わかってるって。それよりも今日の配球は俺の体力を考えて組み立ててくれよ? いつもの調子で投げてたら最後まで保たないかもしれないからさ」
「はいよ。ちゃんと最後まで投げさせてやるから俺に任せとけ」
◆◆◆
修北のスコアボードには綺麗に『0』が並んでいる。
ここまで青道のエースである南雲に完璧に抑えられているのだ。
事前の情報では合宿の疲れがあるので自分たちにもチャンスがあると聞いていたので、全国優勝したチームに一矢報いることが出来るとの期待があった。
しかし、現実は非情である。
こちらの攻撃はヒットすら許されず、反対に守備ではまるでバッティングピッチャーをしているような感覚になるほどの連打を浴びていた。
「かっ飛ばせ南雲! 相手ピッチャーはもうバテて来てるぞ!」
相手ベンチから飛んでくる応援の声がこの上なく苛立たしい。
一体彼らと自分たちと何が違うというのか。
この3年間、血の滲むような努力をしてきたというのに、その努力をあっさりと打ち壊してしまう青道ナインに嫉妬してしまう。
点差は既に二桁の差が付いており、ここまで実力差を見せつけられるともはや試合の内容などどうでもいい。
一秒でも早く試合が終われと、修北のピッチャーは苛立ち混じりの投球を繰り返していた。
だからだろう。
苛立ちと疲労が織り混ざり。
選手から集中力を奪った結果。
投げたボールが汗で滑ってすっぽ抜け。
打席でバットを構えていた──南雲の頭に飛んでいってしまったのは。
「──ははっ!」
しかし修北のエースがその瞬間に見たものは、待ちわびていた獲物に狙いを定めた、恐ろしいほど冷たい笑みを浮かべる怪物の姿だった。