ダイジョーブじゃない手術を受けた俺165

 本日のダブルヘッダーの2試合目、修北高校との練習試合に先発登板した俺はただ一つのヒットも許すことなく4回の裏を終えた。

 今日は出来るだけ打たせて取るピッチングを意識しているので、ここまでパーフェクトなのは運が良かったのと、あとは守備に助けられたな。
 援護射撃もいつも通りしてもらっているから常に余裕を持って投げられているし。
 新しいフォームは余計な力を極力省き、無駄な動きをそぎ落としたものなので、割と全力投球をしていてもスタミナにも余裕がある。
 合宿で疲れた今の状態でさえまだ余裕があるのだから、コンディションが良ければ何イニングでも投げられそうだ。

 ただ、ちょっとした弊害というかピッチングの燃費は以前よりもかなり良くなったんだが、向こうのベンチからは手を抜いているだとかいう声が聞こえてくる。
 もちろん全く手は抜いていないので安心して打ち取られてくれ。
 そのまま俺の糧になってくれれば言うことなしである。

「このままいけばコールドで終わりそうだな。南雲、次の打席は立ってるだけで良いぜ。これ以上点を取る必要も無いしな」

「いや、バッティングでも全力で相手をするさ。それが最低限の礼儀だろ」

 ま、単に俺がバッティングしたいだけだけど。
 せっかく打席に立つのに何もせずバットを構えているだけなんて性に合わない。
 それにあの修北のピッチャーは割といい球投げるから凄く良い練習になるんだよね。
 流石にウチが打ちまくっているせいで徐々にコントロールが定まり難くなっているけど、それでも綺麗な真っ直ぐを投げているから打ち応えがある。
 こんな良い練習相手を見逃す手はない。

「……ご愁傷様としか言いようがねぇな。夏の大会の前に心が折れなきゃいいけど」

 大丈夫だろ。
 ピッチャーなんだから。

「御幸は大袈裟だな。んじゃ、ちょっくらスタンドにぶち込んで来るわ」

 張り切って打席に入ると、そんな俺を相手ピッチャーがマウンドから睨みつけていた。
 苛立って集中力を欠いているみたいだ。
 いくら怒っても良い球は投げられないぜ? 
 頭は冷静に、心は熱く。
 マウンドの上でエースが心を乱すとチームも混乱してしまう。
 どれだけ点を取られても、あんただけは前を向いて諦めずに相手と対峙しなければいけない。

 まぁ、ウチを相手にそれが出来る投手はそれほど多くないんだろうけど。
 これをバネにして何回でも俺の前に立ち塞がって欲しい。
 いつでも受けて立つからさ。

 俺がバットのグリップを握り締めるとほぼ同時に、向こうも肩で息をしたまま大きく振りかぶって渾身の一球を投じた。

「ボール!」

 妙に力んでいるのかストライクゾーンよりも高めに外れた。
 初回の時に投げていたボールの方が球威もキレもあるし、これくらいなら打てない球じゃないな
 どうやらこの試合でウチに散々打たれまくっていたせいでメンタルも体力もボロボロらしい。
 これ以上苦しめるのも酷だから次で決めようか。
 同じピッチャー同士、俺がトドメを刺してやる。

 俺がそう意気込んだ第二球、再び振りかぶってボールが投げられた。

「──ッ!」

 その瞬間、一瞬だけ時が止まったように感じた。

 ボールがゆっくりに見える。
 縫い目まではっきりとわかるほどに。
 まっすぐに俺の頭へと向かって来ているのも、それを投げたピッチャーが焦った表情を浮かべているのも、不思議なくらいはっきり見えた。

 ……脳裏に浮かぶのはあの忌まわしい記憶だ。

 去年の夏に頭にデッドボールを食らって退場することになってから、何回この悪夢を見たのか数え切れない。
 まるで動画を再生するように同じ光景を繰り返し、腹立たしいことに俺から安眠を奪い続けている。
 夢の中で何度も避けようとしたが成功したことは未だに一度もなかった。
 結末はいつも一緒である。
 甲子園に優勝してからはその頻度はグッと下がったから、今ではあまり気にならないけど鬱陶しいことに変わりない。

 だから、この機会にもう二度と悪夢を見ないようにしておこうと思う。

 頭にデッドボールを食らう悪夢を見ているのなら、同じような場面でデッドボールを回避すればいい。
 幸か不幸か、今でも鮮明に思い出せるくらいに記憶しているからイメージトレーニングには困らなかった。
 普通にスイングしてもバットよりもボールの方が先に到達してしまうので、バットのグリップから右手を外して左手だけでボールを迎え打つ。
 頭に直撃する光景がフラッシュバックして引きそうになる腰をグッと堪えてボールをぶっ叩く。

「──ははっ!」

 おっと、思わず笑みがこぼれてしまった。
 自分の壁をブチ破る感覚が楽しくて仕方がない。
 もしも失敗したら……なんて後ろ向きなことを考えることなく、一切の迷いなく振り抜いたスイングはボールの芯を完璧に捉えた。

 手ごたえは、十分。

 今日一番の快音を響かせ、そしてその音を置き去りにするかのようにぐんぐんと距離を伸ばしていく打球はレフトのポールに直撃した。
 それは半年以上俺のことを苦しめていた悪夢を払拭するに相応しい強烈な一発だった。

 

   

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