我ながらよくあんなコースの球を打ち返せたと思う。
というか普通に凄くね?
咄嗟に身体が動いて最適なスイングが出来たけど、一歩間違えれば病院送り待ったなしである。
何ならスキップしながらダイヤモンドを周りたいくらい嬉しいんだが、流石にそれは相手に失礼なので出来るだけ平静を装いながら一周した。
口元が多少緩んでしまうのは許してくれ。
チラッとマウンドに視線をやると、何やらピッチャーの人が呆然と立ち尽くしており、心ここに在らずといった感じだった。
その反応を見る限り、どうやらさっきのは完全な失投だったみたいだな。
意図していたものだったらあんな状態にはならない筈だ。
こっちを睨みつけるくらい普通にしてきそう。
俺はこの通り全然気にしてないから、そっちも気にせずこの練習試合の最後までしっかり投げ抜いてくれ。
そうしてダイヤモンドを一周してホームベースを踏むと、相手のキャッチャーの人がマスクを取って頭を下げてきた。
「悪かったな。指からボールがすっぽ抜けてしまったみたいだ。あいつもわざとやった訳じゃないんだけど……」
申し訳なさそうに言ってくる相手に俺は、『大丈夫ですよ。あっちのピッチャーの人にもそう言っておいてください。俺は気にしてませんから』と、笑顔で言っておいた。
こっちは本当に気にしていなかったからな。
これでどれだけ危険球を投げられても大丈夫という自信に繋がり、ホームベース近くにも立てるようになった。
むしろこの感覚を掴ませてくれたから感謝しているくらいである。
「ナイスバッティングだぜ。一瞬ヒヤッとしたが流石は南雲だな!」
「オラァ! いつもオレより目立ちやがって、攻撃の時くらいは大人しくしてやがれ!」
「あはは。伊佐敷先輩、それは無理っすよ。悔しかったら先輩もホームラン打てば良いのに」
「なにぃ!?」
ベンチに戻るや否やメンバーから熱烈な祝福を受けて揉みくちゃにされたので、隙を見て沢村を身代わりに脱出した。
監督や御幸、クリス先輩には少し心配されたが、見ての通りピンピンしてるから心配はいらないと言ったらすんなり信じてもらえたよ。
綺麗に打ち返したことで信憑性が生まれたらしい。
実際、身体には違和感ひとつ無いしね。
いくら当たらなかったとはいえ去年と同じく頭にデッドボールを食らいそうになったんだから、青道メンバーはさぞ肝を冷やしただろう。
さっきの祝福もそれの裏返しだと思う。
盛り上がる青道ベンチの一方で、ふとグラウンドに視線を戻せば、完全に意気消沈といった様子の相手ピッチャーがベンチへと帰っていくところだった。
その後ろ姿はひどく弱々しく、俺が思っていた以上に精神的なダメージを受けているように見える。
相手の心を自分のプレーでへし折る、何時もと同じことをやった筈なのに少しだけ後味が悪く感じた。
実は、その原因はもう分かっている。
「……相手のバッテリーにはちょっと悪いことしちゃった気がするな」
「どうしてだ?」
隣に座っている御幸が俺の呟きに反応した。
「さっき向こうのキャッチャーの人が俺に謝って来たんだけどさ、その時に笑顔で全く気にしてないって言っちゃったんだよ。なんかそれって結構嫌な奴じゃね? お前らのことなんか眼中にない、みたいな」
あの時はテンションが上がってたからそこまで考えが至らなかった。
ちょっとだけ反省。
なんて言えば良かったのかはわからないけど、もっと言い方はあったのかなとは思う。
もちろんホームランを打ったことに後悔なんて一切ないし、手加減すれば良かったなんてことは微塵も思わないけどさ。
「考えすぎだろ。そもそも危険球を投げたのは向こうだ。こっちが恨むことはあっても、恨まれる謂れはねーよ」
「そうか?」
「そうだよ。まったく、変なとこで優しいというか何というか……」
うーん、御幸の言う通りか。
敵は敵。
やったこと自体は間違っていないのだし、あのバッテリーの今後について俺が心配するのもお門違いというもの。
あまり気にしすぎても仕方ないな。
今回の件に関してはこれ以上深く考えるのはやめだ。
「南雲のホームランに続くぞ! この試合はまだまだ終わらせねぇ!」
「応ッ!」
その後の展開は特に波乱が起きることもなく、その回に何点が追加点を挙げ、俺がしっかりと相手打線を抑えてコールド勝ちを決めた。
何はともあれ、これでようやく合宿が終わったな。
今年も中々に実りのある良い期間だった通り思う。
振り返ればキツい練習のせいで所々の記憶が抜けているような気がするが、ワンシーンを新しく習得したり、ちょっとしたトラウマを克服したりと総じて見れば上々の結果である。
夏の大会に向けて完璧な準備が出来た。
これならなんの憂いもなくトーナメントにも臨めるだろう。
そして、どこかでさっきの試合を観ていたであろう成宮に対して、あのホームランは良い宣戦布告になったんじゃないだろうか。
向こうも何か隠し球があるみたいだし、大会本番で投げ合うのが今から楽しみである。