夏の大会がスタートし、それぞれの高校が続々と初戦を突破していくなか、青道はシード枠なので2回戦からの参戦だ。
その相手は米門西高校。
ぶっちゃけ格下の相手である。
一回戦を勝ち上がって来たチームではあるが、順当にいけばウチの勝利は揺るぎないだろう。
そして、今日の試合の先発は俺ではない。
大会の勢いを付ける大事な初戦だが、そんな試合の先発投手を監督は俺でも丹波先輩でもなく降谷を指名したのだ。
初デビューにしては大事な試合を任されたものだけど、当の本人は萎縮するどころか全員三振に抑えるとか言っていたから心配は要らないだろうな。
俺もその決定に不満は無い。
組み合わせが決まった段階で今日の登板は無いと事前に言われていたから。
初戦を派手に決めたいとかはちょっとだけ思っていたけど、俺は稲実とか市大三高とかの強豪校を相手にする時に投げさせてくれたら良いさ。
今日の試合だってマウンドに上がることは無いにせよ、こうしてレフトとして出場できているんだから尚更だ。
もちろん投げれるんなら投げたいけど。
「力まず投げろよ、降谷」
「はい」
降谷に一声かけてから小走りでレフトの守備位置に向かった。
スタンドから今日は俺が投げないのかと残念がる声が少し聞こえてくるが、きっと降谷の球を目の当たりにしたら度肝を抜かすぞ。
あいつの真っ直ぐは可愛げのないモンスター級だからな。
ストレートに限れば俺以上に成長する可能性を秘めている……かもしれない後輩だ。
そう簡単に追い抜かされるつもりはないけど、その素質は十二分にある。
──ズドンッッ!
そんなことを考えていると、球場を静まり返らせてしまうような強烈な音が響いてきた。
言わずもがな降谷のピッチングだ。
俺もあれくらい豪快なボールを投げていると思うけど、マウンド以外から眺めているとちょっと新鮮な気分になる。
ちょっと周囲を見渡してみると、相手ベンチの選手たちはあんぐり口を開けているし、観客席は未だにどよめきが収まらない。
派手なデビュー戦になりそうだ。
バッターは完全に降谷の速球に気圧されていて、高めに浮いた球にもバンバン手を出して三振に打ち取られていっている。
「……にしても飛んで来る気配がねぇな。この分だとしばらく立ってるだけになりそうだ」
ビビっているせいで明らかなボール球にも手を出してしまっているから、まともに打てそうな気配が全くしない。
この試合はこのまま球威のゴリ押しで最後までいけそうだけど、それなりに強いチームが相手だと今の降谷じゃ通用しないだろうな。
コーナーに投げ分けろとまでは言わないが、せめて低めにボールを集めるくらいは出来ないとお話にならない。
……って、流石に一年生相手に要求することじゃないか。
なまじ俺のライバルになれそうな奴だから色々と高い能力を求めてしまうが、この間まで中学生だったんだから焦りは禁物だ。
後輩の育成は監督やコーチ、御幸に任せて俺はたまにアドバイスするくらいがちょうど良い。
「ストライクッ、バッターアウト! チェンジ!」
あっという間に三者連続三振。
マジで突っ立ってるだけだったな。
今日の試合は特に波乱も無くすんなり終わりそうだ。
次は青道の攻撃だし、ここはいっちょ大量得点で降谷を援護してやるとしよう。
あのピッチングを見る限りではウチのバッテリーは9回までやるつもりは無いようだしね。
「ナイスピッチング、と言いたいところだけど高めに浮きすぎだ。それじゃあ強豪校相手には通用しねーぞ」
「……はい」
「まぁ、次の回からはちょっとだけ低めを意識してみな。相手はお前の球威に完全にビビってるんだ。しっかり腕を振り抜いていればまともに打たれることは多分ない」
ベンチに戻るとそんな会話が御幸と降谷の間で交わされていた。
外野から見てても分かるくらい明らかに球が浮いていたから、御幸が言っていることは正しい。
ちょっと厳しい気もするけど俺が口を挟むことじゃないし、降谷はその程度でへこむような可愛げがある奴でもないから大丈夫だろう。
「一年がこれだけのピッチングをしたんだ。お前ら、分かっているな?」
哲さんが俺たちに向かって気合いを入れた。
静かな言葉だったがずっしりと響く重い言葉だ。
全力を以って相手を叩き潰す、俺たちの意識を完全に一致していた。
「な、なんだ? 先輩たちの雰囲気が急に……」
5回コールドにする為には10点必要だ。
たった10点。
今の俺たちならそれくらい難しいことではない。
とりあえず初回の目標としては5点くらいは奪っておきたいかな。
◆◆◆
3イニング終わって点差は18点。
既に勝負はついたと言える。
コールドゲームの条件はもう達成しているし、降谷のスタミナもまだ余裕はありそうだからこのまま終わりそうだ。
初戦の成績としてはまずまずの出来だろう。
「ふははは! 俺の調子も上がってきたぜ!」
沢村はブルペンでずっと準備しているな。
最初は丹波先輩やノリもブルペンで肩を温めていたが、降谷のピッチングを見て抑えめにしていたからクリス先輩と投げ込みを行なっている。
「この回からは沢村で行く。準備はいいな?」
お、マジ?
これまでまともにヒットを打たれていない降谷を下げ、未知数の沢村をマウンドに上げるのか。
どうやら監督は試合を通じて投手を育てていくつもりらしい。
練習でしか得られないものもあるけど、やっぱり試合で投げた方が強くなれるからな。
一年にとっては代え難い経験になるだろう。
「返事は?」
「は、はい!」
変えられることになった降谷は不満そうな表情を隠そうともしていない。
気持ちはわかる。
俺だって途中で変えられたら同じような顔をしていたと思うし。