「先発は丹波で行く。だが、状況次第では他の者を投入することも十分にあり得る。相手は強豪と呼ばれるチームではないが、決して油断するな。いいな!」
今日の先発は丹波先輩だ。
それに伴ってキャッチャーは相性の悪い御幸ではなくクリス先輩が選ばれ、御幸はベンチからのスタートとなった。
更に今回は俺も同じく待機を言い渡されていて、レフトには本来のレギュラーである門田先輩が任されている。
試合に出られないのはもどかしいぜ……。
そうして試合が始まり、当然向こうのマウンドには台湾からの留学生である楊 舜臣が上がった。
ここまでの2試合をコールドで勝ち抜いて来てかなり士気が高かった青道だったが、楊はそれを巧みなボールコントロールと相手の裏を突く配球によって見事に抑えてみせた。
球威自体はそこまである訳じゃないけど、あそこまでしっかりコースに投げ分けられるとバッターとしてはかなり厄介に感じる筈だ。
おまけに変化球も混ぜてくるからバットに捉えるだけでも一苦労だろう。
そうしてお互いに得点がゼロのまま試合が進み、今は4回の表。
ここまではあの楊 舜臣のピッチングに上手いようにやられていて、青道自慢の打撃力はまだ発揮されていなかった。
「にしても、開始からまだ一球も甘いコースに来てないよな。流石は精密機械と呼ばれるだけはある」
これは想像よりも強敵かもしれないな。
楊以外だと正直そこまで警戒が必要な選手は居ないが、恐らくあいつは一人でチームの実力を底上げ出来るタイプの選手だ。
今の状況を鑑みても今日はこれまでの試合みたいにコールドゲームでさっさと終わらせる、とは到底行きそうになかった。
……ただ、個人的には少し惜しいと思ってしまうな。
強いチームと戦えば戦うだけ、俺たち青道がどんどん強くなるチャンスだったのに。
チャンスが来れば必ず打ってくれると思わせるようなバッターがいれば、このチームは今よりも数段強くなっていただろう。
本当に残念だ。
敵である俺がそう思ってしまうほどに、楊 舜臣という男の実力は高かった。
「向こうはこっちのデータを頭に叩き込んで来ているみたいだぜ。さっきからバッターの苦手なコースを徹底的に攻めている。こりゃ相当厄介な相手だ」
御幸も難しそうな表情で楊を観察していた。
相手の弱点を突くやり方は定石ではあるが、それを試合で実践するにはかなりの能力を必要とされる。
しかも楊はそれを一人でやっているんだ。
同じピッチャーとして尊敬するよ、本当に。
「丹波先輩だって全然負けてないのが救いだな。むしろこのピッチングが続いたら、向こうが点を入れるのはかなり難しいんじゃね?」
「まぁな。クリス先輩のリードもあって、明川打線を完璧に抑えてる。とりあえず数イニングは大丈夫かな。相手が丹波さんの球にタイミングを合わせてくる前に、ウチが先制点を挙げさえすれば流れは完全に青道に来るはずだ」
このままやられっぱなしで終わるような奴はウチにはいない。
丹波先輩の調子も決して悪くはないみたいだし、先制点を挙げるのは明川ではなく青道だ。
そして、理想を言えば最終イニングで抑えとして俺をマウンドに上げてくれたら言うこと無しである。
「終盤にでも出番が回ってこないかな。抑えとしてさ」
気付けば俺の口からポロッと願望が溢れ落ちてしまった。
「可能性はゼロじゃないんじゃないか? 監督が試合の前にも言ってたが、状況次第だろうな。僅差、もしくは青道が負けてたら投入するつもりだと思うぞ」
ほぅ、なるほど。
その考えでいくと逆に大差でウチが勝ってると、抑えとしての経験が豊富なノリがリリーフとしてマウンドに上がりそうだな。
あの楊 舜臣から大量得点するのは青道打線でも難しいけど、あいつが9回まで一人で投げ続けられるとは限らない。
いくら精密機械と呼ばれているとは言え相手は人間だし、回を追うごとにスタミナや集中力は削られていくのだから。
強打者揃いの打線を相手にしていれば尚更に。
相手の応援をするわけにもいかないし、こればかりは試合の流れに任せるしかいかないだろう。
「南雲と御幸、ちょっと来い」
すると、監督に俺と御幸の名前を呼ばれた。
一瞬俺の出番が来たかとも思ったが、いくらなんでも早すぎるのでそれは無いだろう。
丹波先輩もよく投げているし。
……まさか今日はもう出番は無いと言われるんじゃないだろうな?
それだけは勘弁して欲しいんだけど、とそんなことを考えながら俺と御幸は監督の所に行った。
「どうかしましたか?」
御幸も何故自分たちが呼ばれたのかわからない様子だった。
「お前たち二人は今からブルペンに入れ」
「え、ってことは俺らを出してくれるんですか?」
「お前たちには最終イニングを任せる。チームが勝っていても負けていても、な。それまでブルペンから相手チームにプレッシャーをかけてこい」
監督の言葉に思わず笑みがこぼれる。
ピッチングで相手を威圧するのは俺の得意分野だ。
李の高レベルな投球を見てから、肩がずっとうずうずしていたから丁度いいや。
俺は大きく返事をしてから軽い足取りでブルペンへと直行した。