ダイジョーブじゃない手術を受けた俺173

 俺がブルペンで投球練習をしている間にも当然ながら試合は進んでいく。
 4回、5回と中々先制点を挙げられない苦しい時間帯が続いていたが、その均衡を破れたのは6回の表。
 きっかけはクリス先輩が左中間をブチ抜くツーベースヒットを放って二塁に立ち、我らが頼れるキャプテン、哲さんに打順が回ってきたところだ。

 ヒット一本で失点を許すという状況の中、恐らく一番勝負したくないであろう哲さんがバッターだなんて、楊にとっては最悪の状況だっただろう。
 おまけにそこまでの投球で楊はかなりスタミナを削られており、既に肩で息をしている状態だった。
 十中八九歩かされると、球場にいる誰もが思っていた筈だ。

 しかし、楊はそこで勝負を選んだ。

 こっちのチャンスを潰すことで流れを明川に持っていこうと思ったのか、その真意までは分からないが、とにかく楊は哲さんとの真っ向勝負に出たのだ。
 両陣営に緊張が走り、固唾を呑んで次の投球を見守る中──次に聞こえたのはバットの快音だった。

 打った瞬間にホームランだと分かる特大アーチである。

 腕を上げ、ゆっくりとダイヤモンドを周る哲さんの背中はとても大きく、正直かなりかっこよかった。
 俺もいずれああいう背中で語れるようなデカい男になりたいと、そんなことを思わせられる一発だったな。

 哲さんと勝負をしてくれたのは本当に助かった。
 あそこで哲さんを敬遠されていると、お互いに0点のまま終盤に突入してた可能性だって十分にあったと思う。
 普通ならあれは間違いなく敬遠される場面だったので、逃げずに真っ向からぶつかってくれた楊には感謝である。

 哲さんのホームランで動揺するかとも思ったが、そこは流石の『精密機械』楊 舜臣だ。
 点を取られたことでむしろ肩の力が上手い具合に抜け、後続はしっかり抑えられてしまった。
 しかし、失われたスタミナがそう簡単に戻ってくる訳ではないので、楊のスタミナはもうじき底を尽きそうに感じる。

 ペース配分を誤るようなミスを楊がするとは思えないから、少なからず俺のブルペンでの行動を気にしてくれたのかね? 
 だとしたら俺も気合い入れて投げ込んだ甲斐があったというものだ。
 先制点を挙げたことで一気にこちらに傾き、試合の流れは完全に俺たちが掴んでいると言っても過言ではないだろう。

 そして、その後も丹波先輩とクリス先輩の二人が安定したピッチングで明川打線を抑え、今もなお無失点記録を更新している。
 その力投に応えようと野手陣も追加点を奪おうと打席に立つが、残念ながら得点には上手く繋がっていない。
 ヒットはポツポツ出ているんだけど、楊が巧みにそれを躱しているような印象だった。

 ほとんど残っていないスタミナで良くやってるよ。
 ピッチングから彼の気迫を感じる。
 今日の試合、味方のエラーだって決して少なくなかった筈なのに、それでも腐ることなくチームを鼓舞し続け、ここまで俺たちを苦しめてきた。
 言い方が悪いかもしれないが、楊がもっと強いチームに所属していれば、明川に楊を援護してやれる選手がいれば、もしかすると今日の結果は違ったものになっていたかもしれない。

 ……改めて見ると本当に良い選手だ。
 次は最初から最後まで投げ合いたいな。
 打席からも楊の球を感じてみたかったと、今更ながらそう思った。

「──南雲、出番だ」

 監督の言葉にようやくかと思いながら立ち上がる。
 もう待ちきれない。
 こんなにも熱くさせてもらったお礼に、最後は俺の手で、楊 舜臣を楽にしてやろう。

 ◆◆◆

『白熱したこの試合にも終わりが見えて来ました。2-0で迎えた最終回、明川は最低でもこの回で2点を奪わなければゲームセットとなってしまいます』

 実況が改めて今の状況を解説する。
 青道がリードしたまま迎えた最終回、この最後の攻撃で明川は少なくとも2点を返さなければ試合終了となる。
 3点取れば逆転サヨナラ勝ちにはなるものの、未だ得点が無い明川には1点であっても取り返すのは難しいと言わざるを得ない。
 相手が投手層が異常に厚い青道となれば尚更だった。

 しかし、野球とは最後の瞬間まで何が起こるかわからないスポーツである。
 ちょっとした偶然が積み重なり、それが最後の最後で勝利の女神を振り向かせるきっかけになることだって十分にあり得る。
 楊をはじめ明川は誰一人として諦めてる者はおらず、逆転することを信じて疑わない。

「この回は舜臣に打順が回る。みんな、絶対に舜臣の前に塁に出るんだ!」

「おう! やってやるぜ!」

「みんな……」

 時にチームの団結力というものは侮れない力を発揮することがある。
 自身が持つ実力以上の結果を出し、まるで初めからそういう運命だったかのように試合が進むことが発生するのだ。
 無論、それはごく稀に起きる現象であり、そう頻発するものではない。
 しかしその前兆が今、明川に起ころうしているのは間違いなかった。

『おっと、ここで選手の交代があるようです』

 そんな中、青道ベンチに動きがあった。

『先発の丹波はここまで完封ペースで投げていただけに、この交代が吉と出るか凶と出るかは──』

 わからない、そう言う前に球場から大歓声が巻き起こる。
 皆の視線は一点に集まっており、誰もが一人の選手に注目していた。
 薄く微笑みながらゆっくとマウンドへと上がっていく姿が、まるで本来そこに居るべきは彼だったと思ってしまうほどにしっくりと来る。

 青道にとってはこれ以上ないトドメの一撃だが、明川にとっては絶望の始まりであった。

『──選手の交代をお知らせします。ピッチャーの丹波君に変わりまして、9番、ピッチャー南雲君。背番号1』

 

   

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