試合までの数日間、俺たちは攻撃重視の薬師を想定した練習をこなしてきた。
具体的に言えば俺とレギュラー陣による真っ向勝負である。
休養日とか一日の球数をしっかり管理しながら今日の試合に合わせて調整してきたので、疲れは一切無く万全の状態で薬師戦に望むことが出来る。
無論、相手エースである真田の対策もしてきた。
真田は左利きでムービングを駆使してくる投手なので、同じタイプの沢村と対戦することで厄介なムービングにもある程度対応できるようになっている筈だ。
沢村もウチのスラッガー達と勝負したことで成長したんじゃないかな。
残念ながら今日の出番は無いけどね。
1 サード 轟
2 レフト 秋葉
3 ファースト 三島
4 ライト 山内
5 セカンド 福田
6 ピッチャー 三野
7 キャッチャー 渡辺
8 小林 ショート
9 大田 センター
そして、これが薬師のオーダー表だ。
見ての通り薬師の打順が以前とはかなり変わっている。
真田がベンチスタートなのは相変わらずだが、先頭に轟を置いて続く二番、三番バッターも一年生で固められている。
つまり打撃力がある順に選手を配置している見て良いだろう。
打順が早ければ当然、打席に立てる回数が増える。
試合がフルイニングまでいけば3×9で27で、一人でも塁に出られれば先頭打者である轟は4回打席に入れる計算だな。
単純明快で狙いも分かりやすいが、確かに理にかなってはいる戦法だった。
あと、今日は9回まで投げるつもりなのでスタミナの配分にも注意をしないといけない。
そりゃ全力投球してれば全員三振で打ち取る自信はあるけど、ヒット数本くらいは予め覚悟して投げてないと途中でガス欠になりそうだ。
だから誰にも塁を踏ませない、とは断言できそうにない。
絶対に点はやらないけど。
「よろしくな轟。お前との勝負、楽しみにしてるぜ」
「お、おう! カハハハ!」
ん?
返ってきた反応に少し違和感を感じる。
この前の試合を見た時はもっとこう、ガツガツした野生児みたいなイメージだったけど今日はそうでもなかった。
もしかして試合中は性格が変わるタイプか?
まぁ、どっちでもいいか。
「礼!」
審判の声で互いに挨拶をしてベンチに戻る。
ようやく戦えるな。
あの市大三高との試合を見てからというもの、今日が来るのが楽しみで仕方がなかったぞ。
こんな感覚になるのは久しぶりだ。
口元を触ってみればまた無意識に口角が上がっている。
そうして抑えきれずに笑みが溢れているのを自覚しながらも、俺は試合が始まるその時を今か今かと待ちわびていた。
◆◆◆
南雲が闘志を漲らせている頃、薬師ベンチではその様子を見ていた薬師監督である轟がガシガシと頭を掻いていた。
青道には警戒しなければならない選手が何人かいるが、その中で真っ先に名前が挙がるのは南雲 太陽だろう。
ただでさえ手が付けられない相手にもかかわらず、今日の彼は明らかに気合いが入っているように見える。
先発に南雲の名前が入っているのを見た時には思わず天を仰いでしまったほどだ。
「おいおい、奴さん随分と張り切ってやがるじゃねぇか。雷市、お前なんか失礼なことでもしたか?」
「カハハハ、知らねぇ! でもぶっ飛ばす!」
「知らねぇじゃねぇよ。お前どうすんだよホント。今からでも遅くないから謝って来いって」
「早く打ちてー! カハハハ!」
轟親子のそんな会話に薬師の選手たちは少し表情が和らいだ。
甲子園に行く為には全国優勝を果たしたチームを倒さなくてはならない、という大きな壁の前にいつも通りの態度を崩さない二人に心の余裕を取り戻したのだ。
「しっかし、今まで先発してこなかったくせになんでウチとやる時はあいつが出てくんだ? そんなの反則だろうが」
そんな弱音に答えたのはエースである真田だった。
「それだけ俺たちを脅威に感じたんですよ。特にこの雷市を。前の試合で怪物君をその気にさせちゃいましたね」
「たぁー! こうなったら仕方ない。何として怪物投手を攻略するんだ! 真田、今日の出番はいつもより早まるかもしれねぇ。悪りぃが結構しんどいぞ?」
「俺はいつもでもいいっスよ。熱いタイミングで出れるならいつでも大歓迎です」
体力的に不安が残る真田にエース番号を渡すかどうかは最後まで迷っていたが、これほど頼もしい言葉が出てくるのだから間違っていなかったと轟は確信した。
「頼んだぜテメェら。青道に勝って、俺を甲子園に連れて行ってくれ」
その言葉に薬師の選手たちの心が一つになる。
選手たちを導く指導者としては些か頼りない言葉のように感じるが、彼らにとってはこれが何よりも力を与えてくれる言葉だった。
この人と一緒に甲子園へ行きたい、そう強く思うのだ。
しかし、彼らの前に立ちはだかるのは正真正銘の化け物である。
小手先の技術は勿論のこと、気合や根性でどうにか出来るほど生易しい相手ではない。
何か勝利によって繋がる糸口はないものかと、轟は常に頭を巡らせ続けていたのだった。