ダイジョーブじゃない手術を受けた俺181

 準々決勝のマウンドに上がった俺の視線の先には、一人の打者がいる。
 薬師の先頭バッターにして最強のスラッガーである轟 雷市だ。
 試合が始まる前とは比べ物にならないほどの獰猛な笑みを浮かべながらバットを構えており、そこから放たれているプレッシャーはかなりのものだった。
 肌がヒリつくようなこの感覚。
 前回の明川戦で楊と対戦した時にも似たようなものを感じたが、正直に言って轟のはそれ以上だと感じている。

 楽しすぎて笑いが抑えきれない。
 この勝負に加減は不要。
 今日はペース配分に気を付けなければならないとは言っても、コイツの相手をする時だけは話が別だ。
 少しでも油断すればこっちが喰われてしまうかもしれないからな。
 轟は全力を以って叩き潰させて貰うよ。

 御幸が出したサインに頷きモーションに入る。

 心は熱く、頭は冷静に。
 無駄な動きや力を一切削ぎ落とし、身体に染み付いた動きをトレースする。
 俺の指から放たれたボールは真っ直ぐミットへと進むが、当然それを打ち返そうと轟はバットを振るった。

「──ッ!?」

 その瞬間、俺は言い様のない悪寒に襲われた。
 白球がはっきり見えるほど周りの風景がスローモーションとなり、直感的に打たれると感じてドッと冷や汗が流れる。
 体感時間が何倍にも引き伸ばされた世界で、ボールがスタンドに運ばれるビジョンまで視えた気がした。

「ストライク!」

 しかし、気付けばボールは無事ミットに収まっていた。

 御幸からの返球を受け取りながら思わず身震いする。
 タイミングも位置もボールからズレていたけど、もしあれが当たっていたらスタンドに一直線だっただろう。
 空を切ったスイングの音がここまで聞こえて来るほど、迷いの無い良いスイングだった。

「カハ、カハハハ! すげぇ……! 球が生きてるみたいにギュインって伸びてきた!」

 どうやら轟もこの勝負が楽しんでいるみたいで笑っている。
 あぁ、お前最高だよ。
 俺との勝負でそこまで純粋に勝負を楽しめるのはお前が初めてだ。

 こっちもそれに応えようと集中すればするほど、身体から徐々に不要な感覚が消えていき、精神がどんどん深い場所に落ちていくような感覚がした。

 2球目はカーブ。
 直球との緩急と変化量でカウントを稼ぐ、もしくは凡打に打ち取れれば言うこと無し。
 構えている場所へと変化させながら投げる。

「ボール!」

 ま、そんな簡単にはいかないよな。
 釣られてバットを振ってくれることを期待したけど、轟はギリギリのところで手を止めてボールを見送った。
 選球眼も中々良い……いや、コイツの場合は本能的に判断しているのかもしれない。

 さて、次はどうする御幸? 

 初球と同じく直球で攻めるか、変化球を駆使して追い詰めるか。
 どちらにせよ簡単にはいきそうにない。
 速い球でも並外れた動体視力で捉えそうだし、変化球もさっきのカーブみたいに動物的な勘で対処してきそうだ。
 何を投げても打たれそうと思ってしまうバッター。
 こんなの、哲さんが相手の時でも感じた事はなかったぞ。

 俺がワクワクしている間に、御幸が出したサインは外角いっぱいの直球だった。
 オーケー、相棒を信じよう。
 そこに投げれば良いんだろ? 

「サード!」

 三塁線に鋭い打球が飛び声が出た。
 が、打球は左に逸れてファールゾーンにバウンドした為、審判からファールの判定を受けた。
 惜しかったな。
 もう少し右にずれていれば、増子先輩ならアウトに出来た筈だったんだけど。

 ただ、これでカウントは2ストライク。
 追い詰めればこっちのものだ。
 あとは俺の決め球である高速スライダーかスプリットを投げてやれば、流石の轟でも初見では打てないだろう。

 御幸のサインは……高速スライダー! 

 スプリットよりもはるかに安定性がある変化球で、勝負を仕掛けるつもりらしい。
 俺はその判断を信じて投げるだけだ。
 セットポジションからゆったりとしたフォームで、フォーシームと同じリリースポイントが見えにくい投げ方で投球する。

「──カハハハ!」

 ガギィン、と。
 鈍いが響いた。
 反射的にパッと上を見上げ、その打球はセンター方向にグングン伸びて行った。
 センターを守る伊佐敷先輩が少しずつ後退りしていき、遂にその背中がフェンスに到達してしまったのが見える。
 俺は咄嗟に、いかれたと思った。

 そして打球は──そのまま伊佐敷先輩のグローブに収まった。

 あっぶねぇー! 
 マジでもう少しタイミングが早ければ余裕でホームランだったぞ。
 心臓がバクバクと煩いくらい音を鳴らしているが、それが興奮なのか恐怖によるものなのかイマイチ判断が付かなかった。

 でも、 轟との勝負を繰り返せば繰り返すほど、俺はもっと強くなれる気がするってことだけは分かる。
 残り2回か3回はこいつの打席が回ってくるんだ。
 本当に最高の試合だな。

「ワンアウトー!」

 俺は興奮を隠すように声を張り上げた。

 

   

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