濡れタオルを頭から被りながらベンチに座る俺。
ひんやりと冷たい感触が顔に広がり、沸騰しそうなほど熱かった頭が多少はマシになったが、逆に身体が疲れを自覚して立ち上がることすら億劫になった。
水分を摂ってもその分が汗として流れていくので喉の渇きが治らない。
飲み過ぎると良くないことは分かっているけど、やめ時がみつからず少しずつ飲む量が増えてしまっていた。
「……おい、その辺にしとけ。まだ次の回が残ってるんだ。あんまり飲み過ぎると動けなくなるぞ」
手に持っていたスポーツドリンクを口に運ぼうとしたところ、それを見かねた倉持が俺の腕を掴んでそう言ってきた。
自分でも飲み過ぎと思っていたので、分かったと返事をしながらコップをベンチに置く。
その代わりに大きく深呼吸して心を整えながら、御幸が退場した後のこの試合のことを振り返った。
御幸がうずくまっていた理由はどうやら突き指による怪我らしく、尋常じゃない痛がり方をしていたので続投出来る訳もなくそのまま病院に運ばれた。
左手の親指が倍くらい腫れていたので骨が折れているかもしれないし、もしも骨が折れていたら次の試合にはまず間に合わない。
御幸が捕球ミスをするなんて今までなかった。
となると、その原因は俺にあるんだろう。
はっきりと断言出来ないのは轟との三打席目の勝負、正直内容をあまり覚えていないからだ。
俺は御幸のサイン通りに投げていたつもりだったけど、あの時の状況があまり思い出せない。
この暑さのせいでボーッとしていたのか集中していたからかは分からないけど、我に返った時には既に御幸がうずくまっていて、慌てて駆け寄ったところ以外は記憶が朧げになっている。
「次のラストイニング、このままいけるか?」
監督からそう聞かれた。
後半から球数が上がって来ているので、前半で節約していた分はほとんど意味が無くなっている。
スコアは現在7-2。
薬師には2点、奪い返されてしまった。
8回の表、4打席目の轟にまんまとツーランホームランを打たれてしまい、失点を許す結果となったのだ。
こっちも追加点を挙げているので点差自体は変わっていないが、思い返せば高校に上がってから公式戦で失点したのは今日が初めてになる。
ホームランを打たれたのも初で、こんなに初めて尽くしが嬉しくないのも珍しい。
楽しいはずの試合が一転、投げていてこんなにも野球が苦しいと思ったのは産まれて初めての経験だった。
だけどここで逃げたら俺の中で何かが終わる気がした。
言葉では説明できないけど、逃げ出せば間違いなくこれ以上強くはなれないと本能が言っている。
それに何より、しょうもないピッチングなんてすれば御幸に会わす顔が無い。
だから、俺の返事は既に決まっていた。
「いけます」
落ち込んでばかりもいられない。
薬師を倒さないと文字通り今年の夏が終わってしまう。
去年は最悪な形で退場してしまったからこそ、今年こそは全力を出し切って甲子園に行くんだ。
こんなところでは、終われない。
「ならしっかり決めて来い。このチームのエースは南雲、お前なのだから」
「はい!」
何故かベンチが少し騒がしくなったが、そんなことは今はどうでも良い。
薬師に勝ち、次の準決勝を勝ち進んで、決勝戦で当たるであろう稲実にも勝って、俺たちが甲子園への切符を手に入れてみせる。
まずはこの試合を終わらせて御幸と話そう。
その先のことはそれから考える。
そう思って顔を上げると、そこには病院に運ばれたはずの御幸がいて、俺と目が合うと『よっ』と気軽に声を掛けて来た。
……こんな幻覚を見るなんて俺はよほど疲れているらしい。
「──って、御幸!?」
幻覚かと思った御幸は間違いなく本物だった。
あまりにも急に現れたからベンチから転げ落ちそうになったが何とか踏ん張った。
「お前病院は!?」
「んなもんとっくに終わったよ。礼ちゃん……いや、高島先生からお前が失点したって聞いてすっ飛んで来たんだ」
包帯が巻かれた左手をヒラヒラさせながら見せてくる。
「それよりも、だ。らしくねーピッチングしてんじゃねぇよ。いつものお前なら薬師だろうが余裕で抑えれるだろうが。しかもキャッチャーはクリス先輩。点を奪われる理由は何も無いはずだぜ?」
簡単に言ってくれる。
が、確かに俺の実力を十分に発揮出来れば薬師に2点も奪われることはなかっただろう。
クリス先輩とのバッテリーならば尚更に。
「俺が怪我したのは俺のミスだ。お前が気にすることじゃない。それにこんな怪我、すぐに治してまたお前の球を受けてやるさ。今度はドジらねーから安心しろよ」
「御幸……」
「情けない声出すなよ。ほら、さっさとこの試合終わらせて来い。話の続きはそれからだ」
そう言って御幸は俯いていた俺の背中を叩いて気合いを入れた。
ジンジン痛む背中から不思議と力をもらった気がする。
頭の中から余計なものが吹き飛んで思考がクリアになり、視界がパァっと開けて周りの声まで良く聞こえるようになった。
スタンドから聞こえてくる声はどれも俺や青道を応援する声で、向こうにいるチームメイト達の声援に背中を押された気がした。