御幸に発破をかけられた俺は少し身体が軽くなったままマウンドに上がった。
相変わらず太陽から降り注ぐ紫外線や球場を包む熱気は凄まじいが、ここ数イニングの中で今が一番状態が良い。
このラストイニングだけなら問題なく全力を出せるだろう。
流石に延長まで行けばスタミナ的に厳しいけど……ま、そんな心配は要らないわな。
ただでさえ5点のリードがあるのに、これをひっくり返されるようならいよいよエースナンバーを返上しなくてはならない。
「どうやら持ち直したみたいだな。俺が何を言っても上の空だったのが嘘みたいだ」
「ご迷惑お掛けしまして……」
せっかくクリス先輩と試合でバッテリーを組めたのに、こんな形になって先輩にも申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
御幸と交代して試合に出てきたけど、俺が自分でもコントロール出来ないくらい荒れていたからリードするのも大変だったと思う。
実際、轟に打たれたホームランも完全に俺のミスだったし。
人一倍責任感の強い先輩のことだから、俺を上手く制御出来なかったことで少なからず自分を責めているかもしれない。
試合が終わったらちゃんと謝らないとな……。
「フッ、冗談だ。まぁ、同じ捕手として悔しくはあるがな。何にせよこれ以上薬師に点をやらない。いいな?」
「はいッ!」
この回の薬師のバッターは7、8、9番。
誰も塁に出すつもりはないので轟に回ることなく試合は終わる。
いや、終わらせるんだ。
最初は轟との勝負を楽しんでいたが、今はそれよりもこの試合を終わらせることの方が重要になった。
さっさと終わらせて御幸の怪我について聞く必要があるから。
先輩は俺の様子に問題がないことを確かめると、満足げに頷いて定位置に戻って行った。
「……ふぅ。まさかこんなにも苦戦することになるとは思わなかったな」
点差自体は結構差があるけど、ここまで俺が追い詰められたのは高校に入って初めてなんじゃないだろうか。
しかもその理由が俺の勝手な暴走だなんて笑えない。
自分が思っていた以上に俺は精神的に弱かったらしい。
また一つ、新しく課題が出来てしまった。
それもどうやって改善したら良いのか見当も付かない厄介な課題だ。
マウンドで最後に大きく深呼吸し、俺は薬師のバッターに対して真っ向から勝負を挑んだ。
本調子なら前半みたいに薬師打線をねじ伏せるのはそこまで難しくはない。
クリス先輩の巧みなリードが合わされば無敵状態である。
バットが面白いくらいに空を切り、そのたびに気持ちの良い捕球音が聞こえてくる。
そして、その後は試合が終わるまで一度もバットにかする音すら聞こえなかったのだった。
◆◆◆
「──ゲームセット!」
7-2で迎えた最終回のマウンドに上がった俺は、7、8、9番をそれぞれ三振に打ち取り、先頭に控えていた轟に回る前に試合を終わらせた。
しばらくの間、轟はネクストバッターズサークルから動かずその場で悔しさを噛み締めていた。
後半のピッチング内容はともかく、この最終イニングだけは満足できるものだったが、今の俺も轟と似たような表情をしているだろう。
あのまま崩れていれば俺はどうなっていたかわからない。
野球をやっている時に辛いと感じたのは初めての経験だったから。
もし次の機会があるなら……今日の失態を覆すようなピッチングをしてみせる。
まぁ、正直なところ今日みたいなヘマをした俺に次の準決勝や決勝戦での試合が任される保証は無い。
大見得切って薬師との試合で先発を任せろと言っておいて、後半からは勝手に荒れて散々な結果に終わったからな。
試合に勝った喜びよりも疲労が大きくて内容が内容だけに勝ったことを素直には喜べない。
大粒の涙を流しながら泣き崩れている薬師の選手達と比べても、俺は彼らと大差ないほどに沈んでいた。
「お疲れ。最後のピッチングは悪くなかったぞ」
「……うす」
ベンチに戻る途中にクリス先輩に声を掛けてもらったけど、足を引っ張った負い目からまともに目を見れなかった。
そんな俺の肩をポンポンと優しく叩いて『気にするな。まだ次があるんだからな』と、その言葉をくれた先輩の優しさに涙が出そうだった。
他にも伊佐敷先輩からは俺を励ますような感じで、『最近のお前は一人だけ目立ち過ぎてたからちょうど良いぜ!』なんてことを言われた。
伊佐敷先輩なりの優しさだろう。
こんなことを言われると切実に名誉挽回のチャンスが欲しいと願ってしまう。
「まだまだ先は長い。今日はしっかり休め」
「ッ!」
監督はまだ俺を戦力として見てくれている、暗にそう言われているようでその期待に応えたいと強く思った。
背中の番号に相応しいエースにもう一度なってみせる!
「返事は?」
「──はいッ!」