プロローグ3

 ベッドに横たわっている少年に、憐憫の情がこもった視線を送る博士と助手の奇怪な生物。
 元々この手術が成功する確率はかなり低かったが、こうして実際に未来ある若者から可能性を奪い去ってしまったともなれば、彼らにも同情するくらいの良心はあるらしい。
 たとえマッドサイエンティストと呼ばれるような人物でも、ほんの少しくらいは人間らしい感情を持ち合わせているようだった。

「彼ノ尊イ犠牲ヲ無駄ニシナイ為ニモ、シッカリト実験れぽーとヲ書カナケレバイケマセーン!」

 もっとも、博士の倫理観というものは致命的にズレているので、すぐにけろっとして自身の研究を再開していたが。

 一方でそんな博士の助手は、手術が失敗に終わった少年をどこか適当な場所に運ぶ為、少年に嵌められている拘束具を外そうとしていた。

「ギョギョ? ギョギョギョッ!?」

「ン? げどークン、ドウカシマシタカ?」

「ギョギョ! ギョギョギョッ!」

 紫色の生物――『げどー君』と呼ばれている生物が突然横たわる少年の近くで騒ぎ出した。

 ここまで助手が興奮しているのも珍しい。
 一体どうしたのかと、博士は今しがた失敗に終わった被験者の元へと近づき、そして彼の状態を見て……絶句した。

「コレハ……素晴ラシイ結果デース。ドウヤラコノ野球ぼーいハ、幸運ノ女神ニ愛サレテイルミタイデース」

 少年の身体を触診し、その後に表示されているモニターを眺めて博士はそう呟いた。
 失敗したと思われた今回の手術だったが、改めて確認してみると、これがどうして成功しているではないか。

 予想されたほどの結果ではなかったが、明らかに能力が向上しているのが分かる。
 これならば十分に成功と言って良い範囲内だろう。
 博士にとって今回の手術は実に興味深い結果であり、ただ成功するよりもずっと価値のある実験であった。
 丸眼鏡の奥の瞳がギラギラと輝いている。

「ギョッ? ギョギョッ! ギョギョッ!」

「げどー君、マダ何カ?」

「ギョギョ!」

「オヤオヤ? コノ数値ハ……フム、ナルホド。運ガ良イダケデハ無イヨウデスネ。コノ手術デ、彼ノ眠ッテイタ潜在能ガ覚醒シタヨウダ。本当ニ興味深イ結果デース」

 今すぐ少年の身体を解剖したい、そんな衝動に駆られたが実行はしなかった。
 どういう形であれ、成功を掴み取った者からそれを奪い取る行為はしたくなかったのだ。
 言ってみればこの少年は博士の作品である。
 それも過去最大の素質を持ち、最良の結果をもたらした最高傑作。

 愛情などという高尚な代物ではなかったが、博士はこの少年に対してそれに限りなく近い感情を抱いていた。

「実ニ面白イ実験体デシタ。マタ会ウ機会ガアレバ、是非でーたヲ取ラセテモライタイデース」

 

 ◆◆◆

 

「ん……あれ? どこだ、ここ」

 キョロキョロと周囲を見渡してみると、どうやらここは近所の公園らしい。
 状況から察するに、俺はランニングの途中で疲れてベンチで眠ってしまっていたようだ。
 夏だから気温が高いとはいえ、身体が冷えるかもしれないから外で居眠りするのはあまりよろしくないのに……。
 ストレッチした記憶もないし、これで身体を壊したら最悪だ。
 そう思ってゆっくりと身体をほぐす為のストレッチを始める。

「おっ、でもなんか妙に身体の調子が良いな。身体がずいぶん軽いし、なら余裕で完全試合連発できそうな気分だ。――はっ。もしやこれは、俺の秘めたる力が覚醒したのか!?」

 しかもさっきまで色々と悩んでいたにも関わらず、頭の中がずいぶんとスッキリしている。
 自分の中にあった不安がすっかり消え失せていて、今は絶対に勝つという自信と余裕が満ちていた。

 これはあれだな。
 苦悩と葛藤を抱えた悩める自分との対話。
 それを乗り越え、俺の肉体は新たなるステージへ……!

 …………自分で言ってすごく後悔した。
 流石に意味不明でアホらしい。
 こんなこっぱずかしいことやってないで、明日からの試合に備えて早く身体を休ませないと。

「って、やば! 早く帰って寝なきゃ!」

 急いで帰路につく俺。
 家に帰り、軽くシャワーを浴びてからベッドに潜り込むと、あれだけ眠れなかったことが嘘のようにグッスリと眠れた。
 身体に溜まった疲労がすべて吹き飛んだ気がするほどだ。

 

 ――そして、そこからは怒涛の展開だった。

 最初は少し調子が良いなと思う程度だったのだが、一試合を終える毎に成長を遂げていき、あっという間に全国大会の決勝まで勝ち進むことが出来たのである。

「……まさか本当にここまで来れるなんてな。我ながら信じられない成長ぶりだ」

 スコアボードを見上げてみれば、相手チームの得点ボードにはズラッと『0』という数字が並んでいる。
 対する俺たちは初回に一点、そして5回に二点獲得していた。

 つまり、3-0で俺たちがリードしているという状態だ。
 今まで俺が許したヒットは僅か一本だけ。
 この回の相手の攻撃を凌げば、あれだけ遠くにあったはずの『優勝』に手が届く。
 まだ勝ちが決まった訳ではないが、思わず顔がにやけてしまいそうになるな。

 いかんいかんと顔を引き締めていると、ここまで俺の球を受けてきた相棒がミットで口元を隠しながら話しかけてきた。

「ここまで来れたのは南雲、お前のおかげだ。本当にありがとう」

 おいおい、人がせっかく気を引き締め直しているっていうのに、お前の方がもう勝ったつもりでいるのか?
 キャッチャーのお前がそんなんじゃダメだろうが。

 ちなみに、こいつが俺に優勝を目指すと言った張本人である。
 この大会では俺以上に気合入れてバットを振っていた。
 だからその姿を見て、俺も増々気合が入ったものだ

「馬鹿野郎、まだ試合は終わってねーよ。礼を言うのは早すぎる。あと三人、しっかり抑えて一緒にお袋さんのとこへ凱旋しようぜ」

「……ああ、そうだな。最後の最後でヘマすんじゃねぇぞ?」

「誰に言ってんだ。ここまでの俺のピッチングなら、むしろお前が後逸でもするんじゃねぇか?」

 ニヤリと笑ってやると、相棒は不敵な笑みを返してきた。

「それこそあり得ない。死んでも止めてみせるからな。どんな暴投でも絶対に後ろには逸らさないから、安心して投げてこい」

「ははっ、そりゃ頼もしい。ま、今日はまったく打たれる気がしねぇ。さっさと相手チームを楽にしてやるか!」

 パン!と、お互いのグローブ合わせてキャッチャーの定位置へと戻っていく相棒。
 最終回だというのに身体が軽い。
 これは今までの試合でも経験したことがない初めての感覚だ。
 さっき言った打たれる気がしないというのは、紛れもなく本心で事実。

 今までの連投の疲れもある筈だけど、それ以上に投げるのが楽しくてやめられない。
 やっぱり野球って面白いな……!

 

 球場に大歓声が巻き起こる。

『決まったーー!! 最後は四番を三球三振で打ち取りました! 今大会を制したのはなんと、ダークホースとして突如現れた波羽布呂シニアだー!!』

 

   

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