久しぶりだな、青道高校。
あの見学からおよそ半年、俺は一回りも二回りも大きく成長して戻って来たぞ。
食事トレーニングの甲斐あってか俺の身長は今や183センチまで伸び、筋肉もかなり増えてガッチリした体格になっている。
ただ、投手として柔軟でバネのある筋肉を目指していたからか、周囲の人が言うには見た目ではあんまり筋肉が付いている様には見えないらしい。
俺の好みとしても、ゴリラみたいな体格にはなりたくないからこれで良いと思う。
動きが鈍くなったりキレが無くなるのは嫌だしな。
そしてもちろん、この半年で見た目だけじゃなく中身も大幅に成長している。
高校では野球をやらずに引退すると言っていたシニアの相棒に、高校入学までの期間限定で協力してもらい、投手としての能力を底上げしたんだ。
急速もコントロールもスタミナも、それから変化球だって誰にも負ける気がしないくらい成長したと思う。
だから、すぐにでもマウンドに上がる準備は出来ているぜ!
「南雲君、寮はこっちよ。……今度は急に走り出さないでね?」
俺がやる気を漲らせていると、どこか疑うような高島さんの声が聞こえてきた。
どうやら彼女は半年前の見学の際に、俺が突然帰ったことをまだ根に持っているらしい。
でもあの時は気持ちが昂ぶっていたんだからしょうがないじゃん……。
「高島さん、あの時のことは忘れてください。若気の至りですから」
俺ももう高校生だ。
子供じゃないんだから急に走り出したりするわけがないし、ガキだった中学生とは精神的にも成長しているんですよ。
「……なぜドヤ顔しているのかは分からないけど、今日は同室の上級生たちと親睦を深めるのよ。絶対に変なことはダメ。ましてや先輩と喧嘩なんてやめてよね」
「安心してください。俺は人間的にも成長しましたから。周りの人達からは落ち着きが出てきたと評判ですから」
「……すごく不安だわ。でもまぁ、同室のあの二人なら問題ないか」
「むむ、どうかしましたか?」
「いえ、何でもないわ。寮までしっかり案内してあげるから付いて来なさい」
俺は高島さんに『はーい』と返事をしながら、彼女の後ろに大人しく付いていった。
途中で少し、ほんの少しだけマウンドの方に吸い寄せられていったのは、きっと高島さんの気の所為だろう。
◆◆◆
高島さんに寮の部屋の前まで案内してもらった。
彼女はまだ仕事が残っているようで戻っていったが、別れ際にまた『くれぐれも問題は起こさないように!』と念を押された。
……一体、俺の何をそんなに心配しているんだろうか。
人のことを問題児扱いするのは良くないと思うよ?
俺みたいな優等生が、そうポンポンと面倒ごとを引き起こす筈ないだろうに。
「ここが俺の部屋か。三年間もここで過ごすと思うと……案外何も感じないな。さっさと入ろう」
俺の名札があることをを確認してそそくさとドアを開ける。
すると、入って来るのを待ち構えていたらしく、成長した俺以上にガタイの良い人が正面に立っていた。
その人はものすごい爽やかな笑みを浮かべていて、身体はめちゃくちゃゴツいけど優しそうな雰囲気の人だ。
「ようこそ、青道高校へ。高島先生イチオシのスーパールーキー君?」
「どうもっす。……って、俺のこと知ってるんすか?」
「お前は有名人だからな。シニアの大会をほぼ一人で投げ抜いた超高校級投手。たぶん二、三年は皆んな知ってるぞ?」
わぉ、それなら先輩方に名前を覚えてもらいやすいな。
期待されるとそれ以上に応えたくなってしまうのが俺だから、そんな状態はむしろ大歓迎だ。
おっと、ゴツい先輩の体に隠れてもう一人の先輩が奥に……って!
「あっ、あんた……じゃなくて、あなたはあの時のキャッチャーの人!」
ブルペンで見かけた時はマスクで顔が隠れていたが、俺にはわかる。
あのキャッチャーはこの人だ。
俺の直感がビビッと来たから間違いない!
「あの時というのは知らないが、確かに俺はキャッチャーだな。二年のクリスだ。これからよろしく頼む」
「うっす、よろしくお願いします! ――それで、俺の球はいつ受けてもらえますか!?」
いきなり球を受けろと言った俺に、二人が苦笑いを浮かべた。
「フッ、ついて早々それか。移動で疲れているだろうし、今日は休め……と言いたいところだが、その様子だと大人しく言うことを聞きそうもないな」
ははっ、投手ってやつをよく分かっていらっしゃる!
流石はキャッチャー様だ。
声が小さいのは少し気になるけど、たぶんグラウンドでは大きい声が出せるんだろう。
でも、そんな細かいことよりも今すぐに投げたい!
「明日は朝早くから練習だ。だから今日は少しだけだぞ。心配しなくても、お前が一軍に上がってこれば好きなだけ受けてやるから」
「あざす!」
わーい、初日からピッチングが出来るなんてラッキー!
思う存分、気の済むまで投げたいところだったけど、ここで俺が駄々をこねてヘソを曲げられても困る。
時には妥協も必要だろう。
俺は大人だし、ある程度の分別はつくんだ。
そうして俺(たち)は意気揚々と屋内練習場にやってきた。
同室にいたゴツい先輩も、俺の投げる球を見たいらしいので一緒に来ている。
ギャラリーは多いに越した事はない。
バッターが居ないのは残念だけど、これでも十分楽しめるからいいや。
最初はしばらくキャッチボールで肩を温めて、そこからはクリス先輩に座ってもらって軽く投球を始める。
それが終われば、いよいよお待ちかねである全力ピッチングだ。
「球種はなにがあるんだ?」
「フォーシーム、シュート方向に変化するツーシーム、スライダー、カットボール、それとチェンジアップです!」
「……多いな。それならまずは真っ直ぐだ。俺のミット目掛けて全力で来い」
「はい!」
まずは真っ直ぐか。
俺の一番得意な球だ。
キャッチャーをしているクリス先輩も、そういえばまだ名前も聞いていないもう一人の先輩も、二人が度肝を抜くくらいの直球をミットにぶち込んでやろう。
でも、ミスってボールを落とすなんて辞めてくれよ?
高島さんが言うには、あんたはすげぇキャッチャーなんだろ?
ワインドアップで大きく振りかぶりながらも、肩の力を抜いてリラックスする。
ゆったりとしたフォームから、全身の力を全て指先に集中させ、そして最後まで腕を振り切る……!
「っ!?」
――ゴォォォオオオオ!!!
――パシンッッ!!
屋内練習場にボールがミットに収まる良い音が響いた。
唸り声を上げて真っ直ぐに突き進んでいったボールは、クリス先輩が構えているミットに綺麗に捕球されて収まっている。
気持ちいいくらい綺麗なキャッチングだ。
……ちょっとだけ悔しいけど、シニアで相棒だった友人よりもキャッチング技術は上だと思う。
でもそれ以上に、この人のミットに投げ込むのが楽しい!
「さぁ、どんどん行きましょう! 俺の実力はこんなもんじゃないですよ?」
ブンブンと腕を振り回してアピールする。
実際、この程度で俺の実力を計った気になられても困るからな。
「フッ、ずいぶん頼もしい一年だ。田島さん、レギュラーから見てこいつの球はどうでしたか?」
「……本物だな、こりゃ。夏からの起用もあるんじゃないか?」
うんうん、中々見所のある先輩だ。
あと、ガタイの良い先輩は田島さんっていうんだね。
この二人とは仲良くやっていけそうで一安心だよ。
「驚くのはまだ早いですよ! さっきのは序の口。ここからが本番ですから!」
「――南雲 太陽。使えるかもしれんな」
ピッチングに夢中になっていた俺は、その様子を見ていた鋭い眼光にまったく気付いていなかった。