「おい、南雲。早く起きろ。練習に遅れるぞ?」
「……れん、しゅう? ……れんしゅう。……練習!?」
クリス先輩の練習という声に条件反射でスクッと起き上がると、その勢いのまま二段ベッドの上段部分に思いっきり頭をぶつけた。
痛い。
すごく、痛い。
目はバッチリ覚めたけど、寝起きで食らう一撃にしては痛すぎる……。
「うぅ……イッテェ。頭が割れたー!」
「朝から元気なやつだな、お前は。それよりも、このままだとあんなに楽しみにしていた初日の練習に遅れるぞ。良いのか?」
「はっ、もうこんな時間!? クリス先輩おはようございます! そんで、起こしてもらってありがとうございました!」
危ない危ない、危うく初日から遅刻するという大戦犯をやらかすところだった。
そんな非常識なやつにはなりたくないから、起こしてくれたクリス先輩には感謝しかないな。
その感謝の気持ちを表すためにも一度拝んでおこう。
「……そんな暇があるなら急いで準備しろ」
「うっす!」
シュパパッと急いで着替えて準備する。
いやー、それにしても青道はどんな練習なのかな?
初日はそこまでな感じで流すのか、それともガチガチで振るい落としにくるのか。
俺としてはできれば後者の方を希望したいところだ。
こっちは気合入れて準備してきているんだから、拍子抜けな練習なんてつまらないし勘弁して欲しい。
吐きそうになるくらいキツいトレーニングとかむしろ大歓迎よ?
もちろん、ちゃんと効果があると思う練習しかするつもりないけどね!
そんなことを考えながら高速で着替えを済ませると、ちょうどそのタイミングで田島さんが部屋に戻ってきた。
「クリス、もう南雲は起きたか……って、ちゃんと起きてるな。おはようさん」
「おはようございます、田島先輩!」
相変わらずゴツいけど爽やかな人だ。
昨日会った時は違和感が凄かったが、今はずいぶんと田島先輩の姿にも見慣れてきて、いっそ安心感すら覚えるまである。
ちなみに、この人の本名は『田島 熊五郎』というらしく、ピッタリすぎる名前で覚えやすかった。
俺は密かに田島先輩のことをクマさんと呼んでいる。
可愛いあだ名だろ?
きっと、これがギャップ萌えってやつなんだろう。
「すごい寝癖が付いてるぞ。せっかくの男前が台無しだから、早く顔を洗ってきな。場所はわかるよな?」
「はーい。でも俺を置いてかないでくださいね。こう見えて俺、人見知りですから。絶対に、絶対に置いて行ったらダメですからね!」
「わかったから早く行ってこい」
二人に念を押し、俺は部屋から出て洗面所へと向かう。
昨日の屋内練習場までの道すがら、ついでに寮の施設を案内してもらっていたので迷うことなく洗面所に到着した。
顔を洗って、寝癖を直して、歯を磨く。
あ、トイレにも行っておくか。
時間はまだ大丈夫だと思うが、少し急いだ方が良いかもしれない。
あの二人ならちゃんと待っていてくれるだろうけど、俺のせいで迷惑をかけてしまうのは違う気がするし。
俺はそんな当たり前の気遣いが出来る男なんだ
「それにしても、いよいよ今日から練習が始まるのかー。めちゃくちゃ上手い先輩とかが多いといいな。それなら練習でも白熱した勝負が出来そうだし」
ライバルとかできたら面白そう。
今までいたチームでは、そういうのは一人もいなかったしな。
ピッチャーとして切磋琢磨できれば最高だ。
――しかし、俺がそうしてウキウキしながら部屋に帰ってくると、そこには誰も残ってはいなかった。
「……えっ? 嘘、誰もいない? マジで?」
隠れているのかと思ってベッドの下や机の下を確認するも、そこを探してもクリス先輩や田島先輩の姿はない。
二人とも一体どこへ……って、そんなの一つしかないよな。
「あの二人、俺を置いてきやがった!」
あれだけ待っててねって言ったのに、後輩を一人残していくなんて本当に意地の悪い先輩だ!
信じられない。
そんな人たちだとは思わなかったよっ!
しかも、俺の荷物まで無くなって――うん?
「……あれ? この部屋、俺の部屋じゃなくないか?」
部屋に中をよく見てみると、見覚えのない物がたくさんあった。
あんなポスターとか貼っていなかったし、どことなくさっきよりも物が散乱して部屋の中が散らかっているような気がする。
……うん。
もしかしなくても帰ってくる部屋を間違えてるな、これは。
この寮はどの部屋も似たような造りになっているから、俺もすっかり騙されてしまったぜ。
人間なら誰しも過ちを犯す。
大事なのはその後どうするか、だ。
何事も前向きで考えよう。
俺は自分のポジティブなところが大好きだ。
「――ぐぅぅ……」
「ん、まだ誰かいんのか?」
おやおや?
どうやらこんな時間まで寝ているアホンダラがいるみたいだ。
幸せそうにいびきをかいている。
もうすぐ初日の練習が始まる時間だというのに、誰かに起こされないと起きれない馬鹿者め。
「まぁ、今日は俺もクリス先輩に起こしてもらったから、人のことはあんまり言えないんだけどさ」
こうして俺がこの部屋に入ってしまったのも何かの縁だろう。
このままこいつが寝坊して遅刻しても目覚めが悪いし、仕方ないから叩き起こしてやるか。
幸せそうに寝ている男の頬をペシペシと軽く叩いてやった。
「おい、起きろ。このままだと練習に遅刻するぞ」
「……ぇ。うわっ、もうこんな時間!?」
「やっと起きたか。んじゃ、俺はもう行くから。早く用意しないと本当に間に合わなくなるからな?」
「えーっと、起こしてもらったみたいですね。助かりました。ありがとうございます」
寝坊しそうになっていた男は、俺に頭を下げてきた。
ふむ、そこそこ礼儀はあるらしい。
ていうか、こいつって俺と同じ一年だよな?
……まぁ今更だし別にいいか。
「別に気にしなくてもいいよ。それに、俺は新入生だから敬語は要らない」
「え? じゃあなんでここにいんの?」
「……部屋を間違えたんだよ。とにかく、早く準備しろ」
「あ、ヤベ。まぁとにかく助かったよ。ありがとな」
「おう。先輩を待たせてるから先に行ってる。じゃあな」
寝坊男と別れて今度こそ自分の部屋に戻ると、二人はしっかり俺のことを待っていてくれた。
疑ってごめんなさい。
お詫びに、あとで俺のお気に入りのお菓子を分けてあげるからね!