ダイジョーブじゃない手術を受けた俺4

 先輩二人と一緒にグラウンドへ行くと、そこには既に結構な人数が集まっていた。
 部員が多いってのは高島さんから聞いてたけど、こうして一箇所に集まっていると壮観だな。

「うひゃー、やっぱ青道の野球部ってこんなに部員が多いんっすね。俺がいたチームは三十人もいなかったから、ここまで多いと新鮮に感じますよ」

「今日はまだ一般入試組の一年は居ないから、例年通りならこれよりももう少し多くなるだろう。大体全部で百人くらいになるかな。……まぁ、そこから辞めていくやつもそれなりに出てくるだろうが」

 百人もいるならレギュラー争いはかなり熾烈な戦いになりそうだし、キツい練習に耐えても試合に出れないとなれば、そこから辞めてしまう人が出るのも無理はない。
 個人的には自分の人生なんだから好きにすればいいと思う。
 もちろん、俺は絶対に辞めないけどね!

 すると、俺たちの方に歩いてくる人がいた。

「田島、クリス、そいつが噂の天才ピッチャーか?」

「佐藤か。ああ、そうだ。昨日ちょっとだけピッチングを見せてもらったが、現時点でもかなり凄い投手だったぞ。お前のエースの座が危うくなるくらいに、な」

「……本当かクリス?」

「ええ、変化球はまだコントロールが甘くなることもありますが、それでも即戦力として十分に期待できると思います」

「ほぅ?」

 スッと目を細め、そんな視線を俺に向けてくる佐藤と呼ばれた先輩。
 な、なんだ?
 今のうちにライバルになりそうな新人は潰しておこうってことなのか!?

 よかろう、ならば真っ向から受けて立つ!

「ガルル……!」

「……おい南雲、俺の後ろに隠れながら唸るのは止めろ」

 いざという時の為にクリス先輩を盾にしてたんだが、背中をぐいっと押されて前に出されてしまった。
 くっ、自分の力で退けろということか!

「俺は三年の佐藤 建人だ。よろしくな、スーパールーキー」

 スッと手を差し出してくる佐藤という先輩。
 あ、あれ?
 思ったよりギスギスはしてなさそう。
 というか、むしろ歓迎されてる感じもしなくもないぞ?

「あ、どもっす。俺は南雲 太陽って言います」

「ふっ、そんな身構えなくても大丈夫だ。俺たちは本気で甲子園を目指しているから、有望な新人が入ってくるのは大歓迎なんだよ。それに、もちろん俺だってエースナンバーを渡すつもりはないしな」

 そう言って気持ちのいい笑みを浮かべる佐藤先輩。
 ほっ、どうやらこの人もクリス先輩や田島先輩と同じく良い人みたいだ。
 身構えているのがアホらしくなってきたので、こちらも警戒心を解いて佐藤先輩に向き直る。

「いやー、てっきり同じポジションのやつは早めに潰しておこうみたいな感じかと思いました」

「はっはっは! そんなことする訳ないだろ。そんなつまらん事をする奴は、この青道には一人もいないさ。何よりウチの監督が絶対に許さないだろうよ」

「やっぱり青道の監督って怖い人なんですか?」

「そりゃ、まぁ……おっ、ちょうど監督がやって来たみたいだぞ」

 佐藤先輩が指差す先にいた選手たちが、声を揃えて『おはようございます!』と大きめの声で挨拶していた。

 彼らの視線の先には、まるでラスボスのような存在感を出しながらゆっくりと歩いている人物がいる。
 その人物こそ、青道高校の監督――『片岡鉄心』なんだろう。
 グラサンを掛けているが、その奥にある鋭い視線は全く隠れていない。
 そこら辺にいるヤクザよりも凶悪な雰囲気を感じるぜ……。

「ほら南雲、一年は向こうで整列してこい」

「うっす!」

 自然に一年と二、三年とで分かれていたので、俺も一年のグループの中に入って列に加わった。
 まるで軍隊みたいにピシッと並んでいる。
 怖そうだもんね、あの監督。

「まずは順番に自己紹介をしてもらう。そっちから順に一人ずつだ!」

『はい!』

 そうして言われた通り、どこかピリピリした雰囲気で一年生による自己紹介が始まった。

「東中出身、武田 順です。よろしくお願いします!」

 パチパチと疎らな拍手が起こり、監督が『次!』と言って視線が隣の人に移る。

「宮川シニア出身、宮川 茂。希望ポジションはセンターです! 足と肩には自信があります! どうぞよろしくお願いします!」

「次!」

「三浦シニア出身――」

 うーん……みんな同じような事しか言わないし、なんか全員緊張しててつまらん。
 先輩たちの中にも欠伸している人が何人かいる。
 折角の機会なんだから、こういうのはしっかりと自分をアピールしないと勿体ないぞ。

 よしっ、俺の番が回ってきたら手本としてビシッとかましてやるか。
 そう意気込み、何人か一年生の自己紹介が終わったあと、ようやく俺の順番が回ってきた。
 俺は片岡監督の『次!』という声に負けないくらいに声を張り上げる。

「波羽布呂シニア出身、南雲 太陽です! ポジションはピッチャー! 俺がエースとしてこのチームを日本一にします! 今すぐにでもエースナンバーを受け取る準備は出来ています!」

 俺が高らかにそう宣言すると、バッと視線が一斉に集まって来た。
 同じ一年からは急に何を言い出すんだと馬鹿を見る視線、そして先輩たちからは一年坊主が調子に乗るなという怒りの視線。

 さっきまで眠そうにしていた人たちが凄い形相でコッチを睨みつけているけど、クリス先輩と田島先輩、それからさっきまで話していた佐藤先輩は笑っているみたいだ。
 はははっ、やっぱり青道って楽しいところだな!
 高島さんが頭を抱えている理由は全く分からんけど。

 そして先輩一同の睨みを、監督はそれ以上に迫力がある声で『次!』と言うだけで制した。
 いやいや……先輩たちよりも監督の方が百倍くらい恐いって。
 俺も思わずビクってなった。

「旭中学出身、倉持洋一です! ポジションはショートで、俺はこのチームのリードオフマンになります! もちろん今からでも準備はできてます! ヒャハッ!」

 おっ、隣の特徴的な笑い方をするヤンキーっぽい男も中々にやるじゃないか。
 うんうん、睨まれる仲間が増えて嬉しいぞ、俺は。
 しかし俺と倉持が先陣切ってかましたというのに、続く一年生はそれまで同様つまらん挨拶をしていった。

 なんだよお前ら、やる気あんのか?
 そんな心構えじゃいつまで経ってもレギュラーにはなれないぞ?
 俺がそう思っていると、今朝たまたま間違えて入ってしまった部屋に居た、寝坊男の自己紹介が始まった。

「江戸川シニア出身、御幸 一也です。ポジションはキャッチャー。クリス先輩からマスクを奪い取るつもりで青道に来ました。俺もすぐにマスクを被る準備は出来ています!」

 ほぅ、あの男はキャッチャーなのか。
 そういえば同じ推薦枠に凄いキャッチャーがいるって話を、少し前に高島さんから聞いていた気がする。
 確かそいつの名前が御幸だったはず。
 クリス先輩はかなりの強敵だから大変だろうけど、同じ一年同士仲良くしようぜ。

 ……でも、俺が一番先輩たちから睨まれてるのは何故なんだ?
 ま、イジメられそうになったらクリス先輩と田島先輩に助けてもらおっと。
 こちとらレギュラー様二人が味方だ。
 来るならこい。
 相手になるぞ――同室の先輩二人がな!

 

   

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