ふぅー、疲れた疲れた。
先輩たちに睨まれながら行う練習は中々にスリリングで楽しいものだった。
常に誰かしらに見られているもんだから、普通に練習するよりも精神力が鍛えられた気がする。
ま、午前中は基礎トレーニングが中心で、あんまりボールには触らせてもらえなかったから不完全燃焼ではあったけど。
それから、自己紹介の一件で俺と同様に先輩方から睨まれていた倉持と御幸の二人と仲良くなった。
同じ境遇だからか自然とその三人で固まったんだ。
というか他の一年からは若干距離を置かれているらしく、俺たち三人は見事に浮いた存在となっている。
まぁでも、今は練習でお腹が減ったのでそれどころじゃない。
寮の食堂で出てくる料理はとにかくご飯が多くて、このドッサリ山盛りのご飯は嬉しいんだけど、出来ればおかずの数や量をもう少し増えして欲しいところだ。
ふりかけでも買ってこようかな?
「……お前、あれだけ動いてよく食えるな」
俺がパクパクと昼飯を食べ進めていると、午前中の練習ですっかり疲れた様子の倉持がそんなことを言ってきた。
「お前も飯を食っておかないと力が出なくなるぞ。同室の先輩の話だと、今日の午後からは能力テストをやるんだってさ。だから昼飯をいっぱい食って、今のうちに体力を回復させなきゃならん」
「ゲームじゃないんだから、飯食っても体力は回復しねぇよ……。ほんとデタラメなやつだな。お前の身体は一体どんな構造してんだ?」
失礼な。
これくらい普通だろうに。
先輩たちだって普通にたくさん食ってるし、箸が進んでないのは一年だけだ。
なぜかフガフガ言ってる先輩なんか、もう四杯目をどんぶりに盛っている。
「つーか、俺のことよりもお前ら全然箸が進んでないじゃんか。最低でも3杯は食えって言われてるんだし、急がねぇと練習中に横腹が痛くなるぞ」
「わかってるけど、あんなキツい練習した後だと食う気が起こらねぇよ。なぁ御幸、お前もだろ?」
「ああ、ただでさえめちゃくちゃ疲れてんのに、いくらなんでもこの量は無理だって。食欲なんて全然湧いてこねぇわ……」
一人だけ全然喋らないと思ったら、御幸は顔面蒼白でドンブリとにらめっこしていた。
ふと他の一年生組を見てみると、どうやら倉持は比較的体力があった方らしく、誰も彼もがドンブリ三杯どころか一杯も食い終わっていない。
おいおい、一年諸君。
君たちはちょっと体力が無さすぎるんじゃないか?
「御幸、吐くなら外行けよ?」
「……あぁ、わかってる」
「最悪、どうしてもヤバかったら倉持の上になら吐いても良いぞ」
「それは助かる」
「何でだよ!」
そんな軽口をお互いに交えつつも、二人ともなんとかノルマである三杯のドンブリを食べきり、高校野球で初めての試練を無事に乗り越えたのだった。
なお、御幸は自分のご飯を倉持のどんぶりに移動させていたが、優しい俺は気づいていないフリをしてやった。
◆◆◆
そして、午後からはポジション別の能力テストが始まった。
ポジション別といっても、最初の基礎能力の測定は全員合同で行うようだ。
そこから投手と捕手、内野、外野と分かれてテストを受けるらしい。
「まずは50メートル走をやってもらう。呼ばれた者から順番に走れ。最初は青木、麻生、お前らだ!」
50メートル走か。
そういえば最後にタイムを測ったのっていつ以来だっけ?
6秒切るのは流石に無理だろうけど、それに近い記録は出したいところだ。
「なぁ南雲、俺と50メートル走勝負しね?」
入念に準備運動とストレッチをしていると、俺の中で絶賛元ヤン疑惑が浮上中である倉持が勝負を持ちかけてきた。
顔を見る限り、どうやら足には相当自信があるらしい。
くっ、自分の得意なフィールドでしか勝負を挑んで来ない卑怯者め……。
しかしその勝負、受けて立とう!
「いいぜ。でも投手だからと言って、俺の足が遅いと思ったら大間違いだからな?」
「ヒャハハハ! リードオフマンを目指す俺が、投手志望のやつに足で負ける訳にはいかねぇよ。ぶっちぎってやるぜ」
「はっ、絶対に負かして吠え面かかしてやるよ。御幸も参加するか?」
「俺はいいや。お前ら速そうだし」
御幸は不参加ね。
まあいい。
お前の分まで、俺がこの自信たっぷりの男にギャフンと言わせてやるから。
「――倉田、倉持、次はお前らだ!」
「ヒャハッ! それじゃあ行ってくるぜ」
倉持が走る順番が回ってきた。
さてさて、お手並み拝見といこうか倉持君?
俺にあれだけ自信気な表情で勝負を挑んで来たんだから、めちゃくちゃに速いんだろうな。
これでしょうもない結果だったら、お前のことを一生『田舎のヤンキー』と呼んでやるから覚悟しておけい。
と、意気込んだものの、勝負の結果は……俺の敗北だった。
「お、俺が、負けた?」
なんと倉持のタイムは6秒を切り、5秒台という大台に乗ってきやがったんだ。
これは流石に負けを認めざるをえん……。
「ヒャハ! 南雲も中々速かったけど、俺にはまだまだ及ばないな」
自信たっぷりだっただけはあった。
数値上ではコンマ数秒の僅差だったが、倉持はスタートダッシュが動物並みに速かったので、50メートルよりも短い塁間で競争すればもっとはっきり差がつくんじゃないか?
……よかろう、次だ次!
足の速さでは確かに負けてしまったけど、他のテストで圧倒してやればいい。
すぐにそのドヤ顔を敗北の悔しさで歪ませてくれるわ!
今の俺と同じようになっ!
「次のテストは遠投だ。さっきと同じ順番で投げてもらう。各自で肩を作っておけ」
テストの担当者の声が聞こえてきた。
次は遠投ね。
オーケー倉持、どうやら早くもお前に借りを返すことができそうだぞ。
自慢じゃないが、俺の肩の強さは誰にも負けないと自負しているからな!
俺は笑顔で倉持に話しかけた。
「くーらーもーちーくーん、次は遠投だってさ。もちろん勝負してくれるよね?」
「え、ヤダよ。ピッチャーのお前に肩の強さで勝てるわけねぇだろ」
「……は?」
「ヒャハハハ! 悪いけど勝ち逃げさせてもらうわ。50メートル走くらいしかお前に勝てそうな種目ねーし」
ひ、卑怯者め!
見損なったぞ、倉持 洋一!
自分が勝てる種目だけを勝負して、負けそうな種目は初めから勝負するつもりが無いなんてズルすぎるだろう!?
そんなことしたら、俺がお前に負けっぱなしになるじゃないか!
「おい御幸ぃ! あいつ、あいつ……!」
「はいはい、そろそろ南雲の番だぞ。その怒りを遠投にぶつけてやれよ」
隣の御幸に呆れた表情でそう言われた。