手加減は無しだ。
御幸が構えているミットに目掛け、俺の全力のフォーシームをブチ込む。
いま俺の頭の中にあるのはそれだけだった。
――ゴォォォオオオオ!!!
指先から解き放たれたボールは唸りを上げながら一直線に突き進んでいく。
全身の体重が乗った最高の球。
どうやら俺の身体は最初からトップギアになっているらしい。
――ドスンッ!
ボールは無事に御幸のミットに収まったが、ずいぶんと鈍い音が周囲に響いた。
高島さんがべた褒めするだけあって、流石にこぼしはしなかったみたいだ。
ただ、昨日のクリス先輩みたいに綺麗な捕球だったとは言えず、ミットが球威に負けて捕球地点からズレている。
音も悪かったから、たぶん今のは結構手が痛かったはずだ。
しかし、御幸の顔に浮かんでいるのは笑みだった。
「たぁー、こんなに捕りにくい直球は初めてだぜ。まるで生き物みたいなストレートだったな。それに、手元で浮かび上がってんのか? ……まぁいい。南雲、もう一球だ!」
「あいよ。何度だって投げてやるさ。でも、手がヤバくなりそうだったらちゃんと言えよ? 怪我したら元も子もないからな」
「わーってるって。限界が来るまでにお前の球に慣れてみせるよ」
うんうん、やっぱりお前は面白いな!
お前が一方的にライバル視しているクリス先輩は完璧に捕球したけど……それでも御幸の目はクリス先輩と同じかそれ以上に熱い。
嫌いじゃないぜ、そういう向上心の塊みたいな熱い目はさ。
俺とバッテリーを組むかもしれないんだから、それくらいやる気があってくれないと困る。
まぁ現状、クリス先輩の方が数歩先にいるんだけどさ。
……目指すべき選手が身近にいるってのは、ちょっとだけ羨ましいかな。
そこから俺は一切手を抜かずにフォーシームを投げ込んでいくが、御幸はそれに気迫で食らいついてくる。
それだけじゃない。
明らかに俺の球に適応していくのが見て取れた。
ははっ、キャッチャーがこうも張り合いがあると、俺も投げていてモチベーションが上がってくるぜ!
――パシンッッ!
おっ、今のは完璧なキャッチングだったぞ?
ミットもほとんどブレていないし、音もかなり良い音が鳴っている。
「やるじゃん」
「へっへっへ、ストレートにここまで手間取ったのは初めてだ。感覚を忘れない内にもっと投げてくれ」
「オーケイ。俺も楽しくなってきたところだからな。遠慮なく投げさせてもらうぜ?」
あぁ、楽しい。
クリス先輩に投げているのも楽しかったけど、御幸もそれに負けないくらい楽しい。
お前とバッテリー組むってのも悪くないかもな。
「あれが、南雲 太陽か。本当にバケモンだな」
「それを捕球しているキャッチャーも相当だぞ? あんな速い球、俺はちょっと自信ないぜ……」
投げ込みを続けていると、徐々に周りの視線が俺たちに集まり始めていた。
あれだけ派手なピッチングをしていたのだから無理もない。
「それじゃあ、そろそろ変化球にいってみるか?」
「そうだな。とりあえずツーシームを――」
「待て」
「か、監督?」
御幸の言葉を遮ったのは、他ならぬ片岡監督だった。
いつの間にか俺たちの近くまで来ていたらしく、腕を組みながらグラサン越しに鋭い視線をこちらに向けている。
「南雲、お前は今日から一軍に上がれ。しばらくは体力強化メニューをこなしてもらうが、投手として十分なスタミナがあると判断すれば、すぐにでもブルペンに入らせる。御幸、お前は明らかに体力が足りていないから二軍からだ。それと早く手を冷やしてこい。いいな?」
「……はい」
御幸は悔しそうに立ち上がり、俺に『わりぃ』と小さく呟いてから、高島さんに連れて行かれてしまった。
え、御幸痛めてたん?
それに俺、一軍に昇格した?
でもまだ変化球とか投げてないよ?
「あの、まだ変化球とか投げてないんですけど……」
「まだ元気があるなら走ってこい。このタイヤを引きながらな。もしも練習が終わるまで走っていられたら、明日からブルペンに入らせてやる」
「うそん……」
こうして煮え切らないものを少しだけ抱えたまま、俺は一軍、御幸は二軍への昇格が決まった。
御幸も大事には至らなかなったようで、夕食の時にはけろっとしていたよ。
無事で何よりだ。
余談だが、俺たちが昇格したという報告を後で倉持にしてやったらめちゃくちゃ悔しがっていたな。
テストで俺を負けっぱなしにした天罰が下ったようだ。
存分に悔しがるが良い!
フハハハ!!
「……南雲、小者っぽいからその笑い方はやめた方がいいぞ」
御幸のそんな声は俺には全く聞こえていなかった。
もう一度言うが、聞こえていなかった。
◆◆◆
「あーあ、なんで南雲は一軍なのに俺は二軍スタートなんだよ……。しかも南雲は速攻でブルペン入りしてやがるし」
一軍に昇格してから数日、食堂で晩飯を食べながら御幸がそう愚痴ってきた。
「監督も体力をつければ一軍に上げてくれるって言ってたじゃん。さっさと追いついて来いよ。俺の球を捕れる捕手、今のところお前とクリス先輩だけなんだから。むしろ早く来てもらわないと俺が困る」
一軍にはクリス先輩以外の捕手も何人かいるんだけど、クリス先輩以外は誰も俺の球を満足にキャッチング出来なかったんだよな。
ミットには収まっても、芯を捉えられていないから手首を痛めてしまうらしい。
なので監督から投球制限ならぬ捕球制限を掛けられてしまい、練習しようにもそこまで球数を投げられないんだよね。
現状、クリス先輩はエースに一番近い佐藤先輩の球を受けているから、自主練の時間に御幸に受けてもらっているという状態だ。
一応今は大会中だから仕方ないと納得している。
だから俺としても、御幸には一日でも早く一軍に昇格してきて欲しいというのが本音だった。
「……良いよな、お前らは。早くも三軍から抜け出して戦力と思われてんだからよ」
すると、俺たちの中で唯一、三軍に残って永遠にランニングしている倉持が俺と御幸を恨めしそうに見ていた。
「お前ならそのうち上がれるだろ。ただ、御幸と同じく体力が無いから、本格的な出番は新チームになってからなんじゃないか?」
倉持は足だけじゃなくて守備も結構上手いらしいので、そこまで悲観することもないだろう。
その情報は高島さんから聞いたものなので信憑性もばっちりだ。
「まぁとにかく、二人とも早く上がってきたまえよ。初日からあれだけ大言吐いたんだから、有言実行しないとみっともないぜ?」
「くっ、上から目線なやつだな」
「だって俺、一軍様だし? 三軍のチミとは違うのだよ、倉持君」
「くそぉぉおお! 俺ちょっと走ってくる! 見てろよ、今にスタメンになってやるからな!?」
残ったご飯を凄い勢いで掻き込んだ倉持は、これまた凄い勢いで外に飛び出して行った。
煽りすぎたかな?
でも、二人には本当に早く上がってきてほしい。
……ほら、一軍の人たちって顔が怖い人が多いし。