今日の練習ではピッチングが禁止されている。
肩に披露が蓄積していけば、いくら怪我とは無縁だった俺でも故障する可能性があるので、それを回避する為にこうして肩を休める日も必要なのだ。
だから今日、俺は一軍の人たちと一緒にバッティング練習に参加していた。
――カキーン!
余分な力を抜いてバットを振り抜く!
――カキーーン!
本能の赴くままにバットを振り抜く!
――カキーーーン!
邪念を捨て去り本能全開!!
――カキーーーーン!!!
あぁ、気持ち良いな。
今日はすこぶるバッティングの調子が良い日だ。
どんなに難しい球が来ても綺麗にバットの芯で捉えることができている。
おかげで柵越えを連発しているし、最後の打球なんて特大ホームランコースだった。
調子が悪い日だとまったく当たらない事もあるんだけど、やっぱりこれだけ飛ばせると最高に気持ちが良いぜ!
もちろん、ピッチングしている時の方が俺は好きだけどさ。
「おいおい……マジであいつはバケモンかよ。ピッチングだけじゃなく、バッティングまで一級品じゃねぇか」
「恐ろしい一年だぜ。ていうか、あいつホントに一年なのか?」
「なぁ、あれを見てみろよ。哲と東さん、南雲に触発されてオーラをガンガンに出してるぞ……」
そんな周囲からの声につられて見てみると……うっ!?
眼光が鋭い人と巨体の人がバッチリ俺を睨み付けていた。
あれは確か三年でキャプテンの東さんと、レギュラーでファーストを守っている二年の結城 哲さんという人だったはず。
あまりに高校生離れしている二人の眼力に、流石の俺もちょっとだけ、本当にちょっとだけビビってしまいそうだ。
こういう時に盾にするクリス先輩はどこにも居ない。
だ、誰か助けてー!?
「おいおい、後輩相手に大人気ないぞ二人とも。南雲が怯えているから、そのオーラを早く仕舞ってやれ」
た、田島さーん!
救世主の田島さんがあの怪物二人を退けてくれた。
俺、田島さんのことを熊じゃなく、ちょっとだけゴリラっぽいとか思い始めてたけど、もう二度とそんな風には思わないよ!
一生付いて行きます、クマさん!
「別に脅してたわけちゃうわ。コイツがあまりにも気持ちよさそうに飛ばすもんやから、そのコツを盗んだろうとしとったんや」
「そうです。あのバッティングを何としても俺のものに……!」
再び哲さんからオーラみたいなものが噴出し始めた。
……それ、俺も出せるかな?
ちょっと欲しいんだけど。
「なるほど。確かのそれは気になるな」
「せやろ? それで南雲、お前はどういう考えで打席に立っとるんや? ある程度決め打ちせんと、あんだけ綺麗に飛ばせへんやろ?」
「是非、聞かせてくれ」
いつの間にか田島さんも交えて三人が俺に質問してきた。
どうやらさっきのは俺を睨みつけていたんじゃなく、俺のバッティングを観察していたらしい。
ふっふっふ、そうですかそうですか。
全然良いですよ。
そんなに言うんなら、俺のバッティングの秘訣を皆さんにお教えしましょう!
「えっと、基本的にはあんまり深くは考えてません。コースの予測とかもしてないですね。こう、来たボールを本能で打ち返す、みたいな感じです」
まぁ、秘訣なんて大層なものじゃなく、楽しんで打つ!ってだけなんだけど。
「……なんやそれ。それでポンポンあんな打球を打てるんか?」
俺が東さんの言葉に笑顔で頷くと、呆れた顔でため息を吐かれた。
解せん……。
なんとか分かり合える同士を探そうと田島さんに視線を向けるが、ソッと逸らされた。
何故だ……!?
ただそんな中で一人、どうやら哲さんだけには通じたらしい。
「本能……本能を、呼び覚ます……!」
そう呟いて自分のバッティングに戻ったかと思うと、『カキーーーーーン!!!!』という快音を響かせ、俺の打球よりもはるかに大きい当たりを連発し始めた。
おぉ、同士よ!
俺は初めから信じていましたよ、哲さん!
そうして俺の感覚が哲さんに通じたことを喜んでいると、哲さんは俺に向かってグッと親指を立てて来た。
か、かっこいい……!
あの人こそ大人の男……いや、漢だ!
俺もすかさず親指を立て返す。
「ホンマ感覚でバッティングする奴らはセコいわ。まぁ、ワシらはワシらのバッティングをせぇ言うことやな」
「あぁ、俺たちはコツコツ積み上げていくしかなさそうだ」
そういう東さんと田島さんも次々と快音を響かせ、まったく引けを取らない距離を飛ばしていく。
はははっ、さすがは打の青道だ。
そう来ないとな!
そして再び俺の順番が回ってくると、俺も負けじと白球を打ち返していった。
やっぱり今日の俺は調子が良いようだ。
◆◆◆
南雲 太陽が次々と良い当たりの打球を連発している様子を、青道高校の首脳陣たちは室内から伺っていた。
「南雲はバッティングのセンスもあるんですね。一軍に上げるのは少し早すぎる気もしましたけど、これなら十分に活躍してくれそうだ。いやはや、一年後の青道が楽しみですな」
そう言って未来の青道に想いを馳せ、笑みを浮かべているのは、青道高校野球部の部長を務めている太田 一義である。
彼はそこまで野球について詳しいという訳ではなかったが、それでも南雲の投球が別格であることぐらいは理解できた。
その上で一軍メンバーにも劣らないバッティングが出来るとなれば、南雲の一軍入りを認めざるを得ない。
「監督、今年の夏は南雲君の起用をどうするおつもりですか? 私としては、彼にエースナンバーを与えてみるのも面白いと思っています」
「えっ! 南雲は一年ですよ? 今年が最後の三年生の気持ちもありますし、南雲をエースというのは流石に……」
一年である南雲をエースに、という高島の言葉に太田が難色を示した。
太田は良くも悪くも慎重な性格をしている。
いくら将来有望な投手だとしても、三年生を押し退けてエースに抜擢するのには抵抗があるのだろう。
自然と高島と太田の二人の視線が、最終決定を下す片岡の元に集まる。
「――関東大会だ。そこで南雲を登板させる。練習でどれだけ凄い球を投げられようとも、実戦で投げられなければ意味がない。もしも関東大会で周囲を納得させるだけの結果を残せば、エースに南雲を登用することを考えるつもりだ」
投手としての能力だけを見れば、エースナンバーに相応しいのは南雲だろう。
初めて屋内練習場で彼の投球を見た時から片岡にはそんな思いがあった。
しかし、いくら練習で百点の投球をしたとしても、本番で中途半端な投球しか出来ないのであれば夏の大会で南雲の出番はない。
負ければ終わりのトーナメントである以上、頼りにならないエースなど邪魔なだけ。
エースの称号とは与えられる物ではなく、勝ち取る物なのだから。
南雲 太陽にエースの資質が既に備わっているというのなら、自分の力で勝ち取ってみせろ――高島には片岡がそう言っているように感じた。