ようやく野球部にも馴染んできたところで、青道高校の入学式の日がやって来た。
朝練がいつもより早めに終わり、寮の自室で制服に着替えたりして入学式の準備をしている。
ただ、俺のテンションはものすごく低かった。
だってさ、俺は青道に高校生活を楽しみに来たわけじゃなく、野球をしに遥々東京までやって来てるんだぜ?
正直に言って面倒以外の何者でもないよ、入学式なんて。
「はぁ、メンドくさいなぁ。どうにかして欠席とかできませんかね?」
「そんなことしたら監督にどやされるぞ。あの人、野球部だけを特別扱いするとかっていうのを嫌うんだ。だからテストで赤点取ったり授業態度が悪かったりすると、問答無用で試合とかで使ってもらえなくなるから気をつけろよ? もちろん、仮病で休もうなんて以ての外だからな?」
「マジっすか……」
うげぇ、勉強にも手を抜くなってことかよ。
自慢じゃないが、俺は中学の授業をかなりの頻度で睡眠学習に変更していたほどである。
授業中に寝れないとか一体いつ体を休めれば良いんだ?
流石にテストで赤点は取らないだろうけど、俺からすると授業中に寝るなっていうのだけは拷問並みにキツいぜ……。
「田島先輩とクリス先輩って、授業中とか眠くならないんですか?」
「当然だ……と言いたいところだが、午後からの授業だと意識が飛んでいる時も結構ある。それでもテストはそこそこの成績を維持しているから、先生方も見逃してくれているんだ。頻度もそれほど多くはならないようにしているしな」
ほうほう、なるほど。
クマさん情報だと、テストの結果と教師陣の好感度を上げれば良いようだ。
それなら俺にもできると思う。
なぜか授業をそこまで聞いてなくても、暗記系とかあっさり覚えられるんだよね。
「お前は勉強の方は大丈夫なのか? さっき田島さんが言っていたが、テストの結果が悪ければ試合に出られないぞ?」
「それはたぶん大丈夫だと思います。教科書とか一度見たら覚えれちゃいますし、授業中に眠らないように注意していれば問題ないっす。何故か昔からテストの成績は良いんですよね」
俺がそう答えると、クリス先輩に大きなため息を吐かれた。
「はぁ、まったく。俺は時々お前の才能が怖くなるよ。実は人間を辞めていたりするんじゃないのか?」
「ははは、そんなわけないじゃないですか。まぁでも、俺が野球の才能に目覚めたのは結構最近ですよ? シニアの大会前くらいになぜか身体の調子が良くなったんですよ、俺」
勉強は小学生の頃からこんな感じだったが、実は野球がここまで上手くなったのは最近なんだよね。
なんというか身体の制限が解放されたような感じかな。
もちろん、だからと言って練習を怠った日は一度もないし、俺はまだまだ上を目指しているよ。
とりあえず高校生のうちに球速160キロが最低ラインだと思ってます。
「何かがきっかけで化ける選手はいる。お前もその一人なんだろう。ただ、それにしても南雲ほどの成長は他にいないだろうな」
「……クリス、こんな一年がゴロゴロいたら俺は自信をなくすぞ?」
二人とも大袈裟だなぁ。
そんなことを思いながら、俺は二人よりも一足先に校舎へと向かった。
◆◆◆
「うわぁー、人が多すぎ……」
校舎の昇降口まで歩いていくと、壁に張り出されているクラス表の前に人だかりが出来ていた。
こういう時に身長が高いと便利だ。
団子状態になっているところに行かなくても、離れたところから自分の名前を探せるからね。
俺の名前はどこだっと。
お、あったあった。
張り出されている名簿表を見てみれば、一年A組のところに俺の名前が書かれている。
それにどうやら御幸と倉持も同じクラスみたいだ。
他の野球部員は……いるんだろうけどまだ顔と名前が一致するやつは残念ながらいないから、名前だけだとわからないな。
チームメイトの名前はぼちぼち覚えていけばいいだろ。
俺たち三人って、初日にやった自己紹介の所為で同じ一年と若干距離があるし、今から無理に仲良くなる必要もそれほど無い。
同級生にとってはよほど衝撃的な出来事だったらしいね。
まさにあれは事故紹介だったってわけだな。
はっはっは……別に寂しくなんてないんだからねっ!
「うーん、ここからじゃ全然見えないや。もう少しここで待つしかないかなぁ……」
ん?
すぐ近くからそんな呟きが聞こえてきたと思えば、何やら女子生徒が前にあるクラス表を見ようと奮闘していた。
しかし、背伸びをしても高さがまったく足りておらず、どう足掻いても人混みが無くなるまでは見れないだろう。
ふむ、母親から女の子には優しくしろと口酸っぱく言われているし、ここは彼女を助けてあげようかな。
もちろん他の知らない男が困っていても俺は助けないよ?
女の子には優しく、男にはすこぶる厳しくが私のモットーです。
「ねぇ君、大丈夫? もしよかったら俺が代わりに君の名前を探そうか?」
「え、いいの? 助かるわ。見ての通り、私の身長じゃあ全然足りなくってさ」
「良いって良いって。それで、君の名前は?」
「私の名前は夏川 唯。よろしくね」
彼女の名前は夏川さんと言うらしい。
片目が茶色の髪で隠れているが、それでも可愛いのがわかるくらいには整った容姿をしている女の子だった。
うんうん、凄く目の保養になるね。
むさ苦しい野郎に囲まれていたここ最近の癒しは、唯一の女性である高島さんだけだったから、とても新鮮に感じる。
あ、別に高島さんが新鮮じゃないわけじゃないよ!
本当だからね!?
「なつかわ、なつかわ……あ、俺と同じクラスみたいだ。というか、出席番号が俺のすぐ後ろだね。俺の名前は南雲だからさ」
「本当? それはすごい偶然ね……って、どこかで見たことがあると思ったら、あなたって南雲 太陽君じゃない!? シニアの大会で優勝したMVP投手の!」
「ありゃ、俺のこと知ってるの?」
俺がそう尋ねると、夏川さんは何やら興奮した様子で捲し立ててきた。
「そりゃ知ってるよ! 南雲君が完封したあの試合、実は球場まで観に行ってたんだ。バッターを次々と三振にさせていく南雲君はまるで――」
「どうどう。夏川さん夏川さん、少し落ち着こう。めちゃくちゃ注目されてるから」
「え? あ、ご、ごめんなさい! 私ったら……」
俺の声でハッと我に返った彼女は、周囲の生徒に注目されていると気付き、顔を真っ赤にさせて静かになった。
うん、可愛い。