さっきちょろっと助けたことで、夏川さんとは結構仲良くなった。
どうやら彼女は野球部にマネージャーとして入部するつもりらしく、その理由というのが中学の時に見た俺の試合がきっかけみたいだ。
野球選手の一人としてこれほど嬉しいことはない。
あ、だから俺の名前も知ってたんだね。
そういえば、マネージャーといえば一つ上に藤原 貴子って美人な先輩がいるみたいなんだけど、実はまだ俺は喋ったことは無かった。
ただチラッと見かけた時の横顔は、すんごい美人だったとだけ言っておこう。
「南雲君はやっぱり高校でもピッチャーをやるの？」
「もちろんそのつもりだよ。ただ、片岡監督は外野とかでの起用も考えてくれてるらしい。この前少しだけレフトの練習に参加させられたからさ」
「へぇ、すごいね。青道の野球部って強豪なんでしょ？ まだ入ったばかりの一年生なのに、もうそこまで監督さんから信頼されてるんだ」
「いやどうだろ。俺って結構生意気なことばっか言ってるから、あんまりよく思われてないかもしれないな……」
「ふふっ、野球部の監督って厳しい人が多そうだもんね」
そんなことを話しながら新入生たちの流れに沿って移動していくと、俺たちのクラスである『1-A』と書かれた教室にたどり着いた。
キョロキョロと教室内を見渡してみるが、まだ御幸と倉持は来ていないみたいだ。
……まさか練習が終わって二度寝とかしてるんじゃないだろうな？
そんな一抹の不安を抱きながらも、座席表を見て自分の名前が書かれている席へと腰を下ろす。
周囲はワイワイ、キャッキャと騒いでいる中、特にすることもないのでそのまま座って夏川さんと喋っていると、それほど間を置かずに御幸と倉持がやってきた。
「よっ、どうやら俺たちは一緒のクラスみたいだな」
眠そうな御幸を引きずりながら、倉持が声をかけてくる。
「おう。遅かったな二人とも。って、後ろのそいつはどうした？ また寝過ごしそうになってたのか？」
「そうなんだよ。こいつ、俺がチラッと様子を見に行ってやったら二度寝で爆睡してやがったんだぜ？」
御幸に視線を向けると、ちょうどそのタイミングで大きな欠伸をしやがった。
「ふぁーあ……おはようさん。倉持も助かった。サンキュー」
「前も思ったんだけどさ、同室の先輩には起こしてもらえないのか？ そうすれば寝坊なんて……あ、いや、すまん。変なことを聞いちゃったな。今のは忘れてくれ」
自分の口から出た言葉を慌てて引っ込める。
少し考えればわかることだったが、こうも御幸が寝過ごしそうになっても起こしてもらえないのは、きっと同室の先輩に嫌われている所為なんだろう。
可哀想に……。
こうも毎回寝過ごすなんて、もうそれしか考えられないよな。
危ない危ない。
危うく俺の無神経な言葉で、せっかくできた友人を失うところだったぜ。
私は空気が読める男なんです。
「まてまて、別に先輩たちに嫌われてるとかじゃないからな！？」
「えー、だって普通は起こしてもらえるじゃん。なぁ倉持？」
「南雲、あんまり傷口をえぐってやるなよ。先輩に嫌われてるって、俺たちにはあんまり言いたくないんだろ。そっとしておいてやろうぜ」
「だから違うって！ 俺は一度寝たら起こされても中々起きれないだけだって！」
必死に言い訳を続ける御幸の肩に、俺と倉持が優しく手を置いて宥める。
うんうん、誰がなんと言おうと俺はお前の味方だ。
例え御幸がどれだけ嫌われていても、俺たちは友達だからな？
「……もう別にいいよ、それで」
しっしっし、ついに諦めちゃった。
とはいえ少し揶揄い過ぎたので倉持と一緒に謝っていると、後ろの席に座っていた夏川さんが軽く身を乗り出し、俺の肩をツンツンと突いてくる。
「ねぇ、この人たちも野球部の人たち？」
「そうだよ。こっちが御幸でそっちが倉持だ。二人とも、彼女は夏川 唯さん。野球部のマネージャー志望なんだってさ」
「あ、夏川 唯って言います。南雲君が言った通り、私もマネージャーとして野球部に入るつもりだからよろしくね」
俺が二人に夏川さんを紹介すると、御幸も倉持もそれぞれ反応を示した。
「へぇ、マネージャーか。うちのマネージャーは仕事が多いらしいから頑張れよ。俺は倉持 洋一。よろしくな」
「嫌われ者の御幸 一也。キャッチャーしてる」
意外とコミュ力のある倉持と、未だ拗ねた様子の御幸。
そうしてしばらく四人で会話を続けていると、ふと気になることがあった。
「なぁ御幸、俺たちのクラスに野球部ってどれだけいるんだ？」
「わかんねぇ。俺もまだほとんど名前すら知らないからな。お前ら二人が悪目立ちしてるせいで、誰も話しかけてこないんだよ」
「いやいや、絶対に倉持が原因だろ。街で会ったら絶対に近づかないもん、俺」
「どっからどう見ても俺は普通の高校球児だろうが。髪だってわざわざ染めてきたんだし」
「ってことは元は金髪とかだったんだな」
「……はっ！ テメェ誘導尋問じゃねぇか！」
なぜか倉持はヤンキーだったことを隠したがる。
これはあれか、昔ちょっとヤンチャしてた感を出したいのか。
うんうん、わかるぜ倉持。
ちょっとそういう陰がある方が女の子にモテるっていうもんな。
「……三人とも、ほんとに仲良いんだね」
夏川さんのそんな苦笑いが聞こえてきたタイミングでチャイムが鳴った。
生徒たちがぞろぞろと自分の席に着席していき、そしてチャイムが鳴ってから1分も経たずに先生がガラガラっと扉を開けて教室に入ってくる。
「おはようございます。このクラスの担任を務める高島 礼です。一年間よろしくね？」
おっ、このクラスの担任って高島さんなのか。
やったね。
毎日オッサンの面を眺めるよりも、美人な高島さんを見ていた方がモチベーション上がるもんね。
彼女に小さく手を振ってみると少しだけ微笑んでくれた気がした。
高島さんが担任をしてくれるなら、案外普通の高校生活も悪くないかな？