俺の持ち球は今のところ、フォーシーム、ツーシーム、チェンジアップ、スライダー、カットボールの五つだ。
今でも十分に多い方なんだが、いずれは縦か斜めに落ちる変化球をもう二つくらい増やしたいと思っている。
今後三振を取るピッチングをしたい時、そういう球種があった方が良いだろうからな。
「……マジで?」
だが、それを聞いた御幸は信じらないものを見るような視線を俺に向けてきた。
「大マジだ。でもまぁ、流石に今ある変化球をもっと磨いてからだよ。数だけ多くても使えなきゃ意味がないし、そう急ぐことでもない。とりあえず、今年の夏が終わってからゆっくり考えるさ」
今は多少変化球の握り方を変えたりするくらいしかやるつもりはない。
それなら大した手間じゃないし、投げる感覚もそれほど違いはないだろうしね。
「はぁ……。ようやくいくつかの変化球は、ちゃんと捕れるようになってきたと思ってたんだけどな……」
「その分やり甲斐はあるだろ?」
「あり過ぎだっての」
なんだかだ言いつつも、御幸も俺と同じく高い壁があった方が燃えるタイプだ。
現にストレートはこの短期間でほぼ完璧に捕球できるようになっている。
この調子でいけば、俺が投げる球を全て捕れるようになるのも時間の問題だろう。
だからこそ俺も気兼ねなく上を目指せるというものだ。
「ささ、そろそろ再開しようぜ。ここ最近はあんまり満足にピッチングが出来てないんだ。だから練習が終わってからの自主練の時間しか、こうして投球練習ができないんだからな」
「もう少しで俺も一軍に上がるから待ってろって。そうすりゃ、好きなだけ受けてやるからさ」
一軍にいるクリス先輩以外のキャッチャーの先輩方は、ようやく真っ直ぐの球だったら捕れるようになってきたところだ。
でも相変わらず、変化球に関してはクリス先輩と御幸以外に監督からの許可が降りないので、まだ一球も彼らには投げていない。
だから正直、あんまり俺の練習にはなっていないんだよね。
実戦に近いバッティングピッチャーをしようにも、中々クリス先輩が空いてないからタイミングが合わなくて参加出来ていないし。
「とりあえず、今日はスライダーとカットボール中心で投げるつもりだ。今までとは違う握り方とかを試したい。大丈夫か?」
「あいよ。どんと来い」
パンッ、と防具フル装備の御幸がミットを叩いたのを合図に、まずは事前に考えていたスライダーの握りを試してみようと思う。
変化球の握りは投手によって本当にまちまちだ。
手の形、指の長さ、手首や腕の柔軟性etc……。
自分に合った自分だけの変化球を見つけることが、投手にとって非常に重要なことなのは言うまでもない。
そして、その握り方を少しでも変えると、同じ変化球でも全く違う軌道で曲がったりすることがある。
――パシンッ!
……でもこれは駄目だな。
コントロールが全くできないし、あんまり球威が乗ってない。
下手すりゃスタンド一直線の絶好球になりかねないスライダーになってしまっている。
これなら手を加えないほうがマシだ。
次だ次。
――パシン!
これも駄目。
さっきと比べても、コントロールはともかく完全に球威が死んでいて、バッターにとって打ち頃の中途半端な変化球になっている。
さっきと同様にこれなら手を加えない方がマシ。
はい次。
――ギュインッ!!
――スパンッッ!
おっ!?
三つ目の握り方で投げたそのスライダーは、今まで俺が投げていたスライダーよりもバッターの手元で急激に変化する軌道を見せた。
そして、そのボールがあまりにも変態的な動きをしたもんだから、御幸のミットをすり抜けて後ろのネットに直撃している。
「おいっ、いくら何でも成長が速すぎるぞ!? なんだよあの冗談みたいなスライダーは!?」
捕球するどころかミットに当てることさえ出来なかった御幸が、半ば自棄になりながらそう詰め寄って来た。
……うん。
今回ばかりはその気持ちがわかるよ。
あんな球を急に投げられたら、誰だってそう言いたくもなるだろう。
ほとんどストレートと同じ速度から、バッターの手元で急激に変化する高速スライダーなんて、ここまでくると魔球だ。
我ながらエゲツない球を投げたと思う。
「ちょっとだけ握り方を変えてみたんだけど、それがもの凄くしっくりきてさ。いける!って思ったらできちゃった」
「っかぁー、できちゃったじゃねぇっての。あんな球、初見じゃなくても打つのは難しいぞ。どうやって投げたんだ?」
「まてまて、それを話すのは後だ。今はさっきの感覚を忘れないうちに投げ込まないと!」
「……それもそうだな。しゃーない、あとでどうやって投げたか教えろよ?」
そうして再びさっきと同じ握り方でスライダーを投げていく。
御幸の方も流石に一度見た後なので後逸こそしなかったが、溢したり捕り難そうに四苦八苦していた。
今後に期待ってところかな。
一方で俺の方は、このスライダーは完全に自分の物にしたと言って良いだろう。
元々スライダーは得意な球だったから、握り方を変えてもそこまで大きな違いはない。
もっと投げたい気持ちもあったが、これ以上投げると肩や肘に負担が残ってしまう恐れがあるのでグッと堪えた。
もちろん、予定していたカットボールの改造も保留となっていて、結局今日は高速スライダーの練習に費やすことになったよ。
スライダーの感覚を忘れたくなかったし、何より御幸が『成長を止めろなんて言わねーけど、たまには休憩も必要だろ。なっ?』と目が笑っていなかったからだ。
はっはっは、俺はまた一歩成長してしまったな!
とはいえどれだけ凄い変化球でも、それをキャッチャーが捕れなきゃ意味がないので、御幸とクリス先輩には是非とも頑張って頂きたい。
「ふぅ、それじゃあこれで上がるわ。御幸はどうする?」
「んー、もうちょっとバット振ってくる。なんせ、未来のエース様はバッティングも怪物だからな。女房役としては不甲斐ないところは見せられないんだよ」
「そっかそっか。でも、程々にしとけよ? 身体を壊されると俺も困るし」
「わかってるって。怪我なんかで時間を無駄にするつもりはないから、そこは安心してくれ」
どうやら御幸はまだ練習するらしい。
やる気があって大変結構。
御幸なら身体を壊すくらいのオーバーワークはしないだろうし、俺は一足先に上がらせてもらうとしよう。
選手にとっては、身体を休めることだって練習の一つだからね。
その後十分にストレッチをしてから、そのまま汗を流す為に大浴場へと向かう。
この時間だとかなり空いているはずだ。
男でごった返している空間になんて居たくないから、俺は大体この時間帯に風呂に入るようにしている。
その方がゆっくり湯船に浸かれるしね。
――と、思ったんだけど……。
「か、監督……こんなところで奇遇っすね」
湯気が立ち昇っている先には、グラサンを掛けたまま腕を組んで湯船に浸かっている片岡監督の姿があった。