今日は先輩たちの試合を応援をしに球場までやって来ている。
一軍に上がったとはいえ、入学する前から既に始まっていた春の県大会には、残念ながら一年生の俺は出場させないと監督に言われてしまったんだ。
これまでにもこうして何度かスタンドで観戦していたんだけど……はっきり言ってつまらん!
スタンドから眺めているだけなんて俺の性に合わないし、これならキャッチボールでもしていた方が百倍マシだ。
いや、別に先輩たちのプレーがつまらないって言っている訳じゃないよ?
でもさ、ジッと座って観ているだけとか、普通にストレスが溜まってしまうんだよね。
「あーあ、やっぱり観てるだけとか面白くない。何回来てもスタンドから見下ろすのって慣れないわ。こんなの、あとで録画したやつを見れば十分じゃん」
野球は観るんじゃなくて自分でやるものだと思います。
いずれ対戦するかもしれない高校だから、それをしっかりと観ておけってクリス先輩の言葉もわかるけど、実際に対戦してみないと相手の実力なんて俺にはよくわからないし。
というわけで、俺はこの辺で帰ることにしよう。
帰って練習だ!
そうして立ち上がると、隣に座る御幸が慌てて俺の体を押さえてきた。
「まてまて。監督からお前にしっかり試合を見せるように言われてんだよ。だから今回の途中離脱はナシ。それに、この試合でウチが勝てば関東大会では南雲が登板するんだよな? それならちゃんと応援しないと。なっ?」
「まぁ、言われてみればそうだけどさ。1時間もジッと座っているだけなんて……」
「もしも途中で帰ったなんて監督が知ったら、お前を登板させるって話も無くなっちゃうかもしれないぜ? 最悪、座ってるだけでも良いから大人しくしてろよ」
「むむ、確かにそれで登板がナシになるのも困るし……しゃーない。今回くらいは観ておくか。俺の初登板が掛かっている試合だしな」
俺がそう言うと、御幸はホッとした様子だった。
監督から関東大会で登板させると言われているが、もちろん今日の試合で先輩たちが負ければその話も無くなってしまう。
だから絶対に勝ってもらわないと困るんだけど、先輩たちならたぶん大丈夫だろう。
キャプテンの東さんを筆頭にウチの打撃は噂通りものすごい打線だし、何かと酷評されがちの投手陣だって、エースの佐藤先輩は中々良いピッチャーだったしね。
「あれ? そういえば、なんで御幸が俺の登板予定を知ってるんだ?」
「あぁ、実はその試合さ、南雲が投げるときに俺もキャッチャーとして出してもらう予定なんだよ。お前の球を後逸したら即交代っていう条件付きでな。でも、だからといって手加減なんてしたら承知しねぇぞ?」
「へぇー、そうなんだ。良かったじゃん。それに試合で手加減なんかする訳ないだろ。どうせ九イニングは投げさせてもらえないだろうから、最初から全力でねじ伏せにいくつもりだよ」
体力の温存と手加減は似ているようで全然違う。
最後まで完投するつもりなのに、ペース配分を完全に無視して全力投球を続けるピッチャーはただの阿呆だと思っている。
その辺はキチンとわかっているつもりだ。
それと、どうやら俺の初登板は御幸とセットらしい。
キャッチャーとしての実力は十分だけど、御幸が公式戦に出れるってのは正直驚きだった。
何故かって、あれだけ体力が無かった御幸が公式戦に出してもらえるってことがね。
でもまぁ、考えてみれば当然かもしれない。
未だに俺の球をまともに捕れるのってクリス先輩と御幸だけだから、監督が早めに一軍に上げておこうと思ったんだろう。
そんな俺たちの会話を隣で聞いていた倉持がガックリと肩を落としていた。
「俺も早く試合に出てぇ……」
「ははっ、なに言ってんだよ。倉持はまず二軍に上がらないと練習にすら出れないぜ?」
「御幸テメェ! 俺が気にしてることを言うんじゃねぇよ!」
おいおい、こんなところで戯れ始めるんじゃない。
まったくお前たちはほんとに子供だな。
「そういえばクリスさんが言っていたんだけどさ、近いうちに俺と御幸以外の一年と二軍の先輩たちとで紅白戦をするみたいだぞ。そんで、そこで結果を出した一年を二軍に上げるって話もあるらしい」
「それマジでか!?」
「ああ、そう聞いた。ただ、この試合は一年だけじゃなくて上級生のアピールの場でもあるみたいだから、先輩たちもめちゃくちゃ気合いが入っているって言ってたな」
「おぉ……! ついに俺も三軍脱却のチャンスが巡ってきたぜ! ちょっとそこら辺を走ってくる!」
今度は俺じゃなく倉持が飛び出して行こうとするが、俺の時と同じく御幸に肩を掴まれて強引に座らされる。
「だから待てっての。大人しくお前もちゃんとこの試合を見ておけ。礼ちゃんが言うには、対戦相手のチームに中々良いピッチャーがいるらしいんだ。同じ地区だし、倉持が一軍に上がるつもりがあるなら見ておいて損はない」
「あぁ? 今日の対戦相手って、確か仙泉高校ってとこだよな。そんなに強い高校なのか?」
御幸に止められた倉持が不思議そうにそう尋ねた。
「ああ。俺たち西東京地区の中でも、間違いなく強豪校と言える高校だよ。稲白、市大三高、そして青道。その三つと比べても見劣りしないレベルだぞ、あそこは」
ほうほう、それは凄いな。
しかも高島さんが太鼓判を押すほどのピッチャーがいるなんて、もしかすると先輩たちでも苦戦するかもしれない。
彼女の野球選手を見る能力はズバ抜けて高いから、少なくとも二流三流のピッチャーではないという事は確かだろうね。
……って、負けたら俺の登板が無くなるのに苦戦したら駄目じゃん。
大丈夫だよね!?
負けたりとかしないよね!?
急に不安感が押し寄せてくるが、スタンドにいる俺には見守る事しか出来ず、そのまま審判のプレイボールという声と共に試合が始まった。