4回表、スコアは7-3でウチが負けている。
予定よりもだいぶ早い登板だが、俺としては出番が早くなる分には全く文句は無い。
むしろ投げられる時間が多くなるので大歓迎だ。
もちろん先輩に対して失礼すぎるから、負けている現状を喜んだりはしないけどね。
そんな逸る気持ちを抑えながらマウンドへ走って行くと、そこに内野陣が集まって俺のことを待ってくれていた。
「……すまん。初登板のお前に、ピンチのままマウンドを明け渡すことになってしまった」
先発投手である丹波さんは、そう言って申し訳なさそうにボールを差し出してくる。
だがその手にはかなりの力が込められていて、やり遂げる事が出来なかった悔しさがしっかりと伝わってきた気がした。
途中でマウンドを降りなきゃいけないってのは悔しいから、丹波さんの気持ちは痛いほどよくわかるよ。
だからこそ、ボールを受け継ぐ俺はその全てを背負って投げなきゃいけない思う。
「大丈夫っすよ。こういうピンチは慣れてるんで、あんまし気にしないっす。後は俺に任せてください」
「……すごいな、お前は。後は頼んだ」
「うっす!」
ボールを俺に渡した丹波さんは、そのままベンチへ戻って監督に頭を下げに行っていた。
さぁて、いよいよ俺の初陣だ。
俺がマウンドに立つ以上、当然このまま負けるつもりなんて微塵もない。
たかが4点差くらいすぐにひっくり返してみせるさ。
今更ながら相手チームは神奈川の強豪校らしいけど、詳しくは知らないしそこまで興味も無いかな。
俺は自分のピッチングに専念するのに忙しいし。
きっとその辺はあらかじめ御幸がしっかりとカバーしてくれているだろうから、俺が敵チームの情報を知っておく必要が無いんだよね。
あれだよ、キャッチャーを信頼しているというやつだ。
「南雲、結構なピンチやけど大丈夫か?」
東さんの言う通り、今の青道はかなりのピンチに陥っている。
ランナーは一、三塁が埋まっていて、相手バッターは四番の強打者……ここで追加点を取られると勝利がグッと遠くなってしまうだろう。
何が何でもこの回を無失点で切り抜け、青道に勢いを付けたいところだな。
まぁ、俺にプレッシャーを掛けないように誰もそんな事は言わないだろうけどさ。
「ええ、全然問題ないっすよ。ここで綺麗に抑えたら、間違いなく俺がヒーローっすね。すぐに打ち取ってチェンジにするんで、先輩たちは安心して立っててください。なっ、そうだろ御幸?」
「俺を巻き込むんじゃねーよ……」
大口を叩く俺と一緒にされたくないのか、御幸は若干距離を取って絡まれないようにしていた。
なんでやねん。
ここは一緒にパーフェクト宣言を高らかにするところだろうが。
そうして御幸にジト目を向けていると、それとは別のところから声が飛んでくる。
「そんな大言吐いて打ち込まれたら恥ずかしいけど、ホントに大丈夫?」
このニコニコしている人は確か……小湊 亮介という人だったはず。
セカンドを守っている二年生で、小柄な体格ではあるが野球センスだけなら青道の中でも一、二を争う実力者だ。
直接喋った事は無いけど、それでも小湊先輩が上手いことは俺も知っていた。
「ははっ、俺がそんな心配しなくても、先輩方がしっかりとカバーしてくれるんですよね? 頼りにしてますよ」
「へぇ、噂通り年下のくせに生意気だね」
笑っているのに毒がある気がするのは、決して俺の気の所為ではないと思う。
ま、生意気な態度が原因なんだろうけど。
ちなみにコレはわざとだからね?
敢えて生意気な言動をすることで、味方のやる気を引き出す高等テクニックである。
決して素の性格がこういう奴なわけじゃないので注意するように。
「さぁ皆さん、ちゃちゃっと守備位置に戻ってください。でも、エラーしたら監督がすごく怒りますから注意してくださいね?」
「お前がいつも通りみたいで安心したわ。その調子で頼むで」
「頼んだぞ、南雲」
「打たれてもちゃんとカバーしてあげるから、気楽に投げて良いよ」
それぞれ東先輩、哲さん、小湊先輩が声を掛けて守備位置へと戻って行った。
この試合は俺が高校生になってから初めての公式戦となる。
先発での登板じゃなかったことには多少不満もあるけど、最初の試合にしては中々の大舞台だろう。
うむ、余は満足であるぞ。
「どうしたんだ南雲。やっぱり緊張でもしてんのか?」
スタンドを見渡している俺を見て、唯一残った御幸は緊張していると思ったらしい。
「ははっ、それこそまさかだ。緊張よりも全然ワクワク感が勝ってるよ。でもなんつーかさ、こういう舞台で立つマウンドは一味違うよな。こう……身体中がビリビリする感覚だ。あぁ、やっぱりマウンドは最高の場所だぜ」
虚勢なんかじゃなく、本気で今はまったく打たれる気がしない。
早く投げさせろ、身体中からそんな声が聞こえてくる気がする。
それに、この球場にいる全ての観客を俺のピッチングで魅了してやれば、さぞかし気持ちいいだろう。
「この目立ちたがり屋め」
「何を言うか。俺がピッチャーになったのは、一番カッコよくて目立つからだ。だからそれはむしろ褒め言葉なのだよ。はっはっは!」
「へいへい」
そうして御幸もマスクを被りながらキャッチャーの位置へ戻っていく。
ブルペンでしっかりと肩は温めてきたから、すぐにでも全力投球ができる。
なのでここで投球練習をする必要はない。
相手の度肝を抜く為にもそっちの方が良いだろう。
この球場にはおそらく、観客に紛れて偵察に来ている他校の選手たちがいるはずだ。
大変結構!
敵情視察、大いに歓迎するぜ?
それでは諸君、しっかりと刻み込むと良い。
これから三年間、お前たちの前に立ちはだかる『南雲 太陽』という存在をな。
大胆なフォームから繰り出される、俺の最速最高の一球を見せてやるぜ!
――バシンッッッッッ!!!
全身をリラックスさせつつも、今はランナーを背負ってるので隙を与えないようにクイックで投げる。
それで投げたところで球威は落ちたりしない。
俺が一年だという油断もあったのだろう。
相手のバッターは予想外の球威を持っていたその球に、思わず身体を仰け反らして尻餅をついていた。
「……す、ストライークッ!」
主審がそう告げると、静まり返っていた球場からドッとざわめきが聞こえてきた。