ダイジョーブじゃない手術を受けた俺20

 髪を少し逆立てている不良っぽい少年――倉持 洋一は込み上げてくる興奮を抑えきれなかった。

「ヒャハッ! スゲェじゃねぇか、南雲のやつ。相変わらずエゲツない球を投げてやがるぜ!」

 スタンドから見る南雲のピッチングはいつも通り……いや、いつもより力がこもっているようにさえ見える。
 彼はこの大舞台でも緊張するどころか、練習よりも活き活きしながらマウンドに立っているのだ。
 今日の試合が初陣だったので多少心配していたが、そんな気持ちを吹き飛ばす頼もしい投球であった。

 今の南雲のように、本番でしっかりと自分の力を発揮することが出来る選手はそれほど多くない。
 練習で出来ていたことも、いざ試合となれば緊張や焦りで僅かなズレを生んでしまうからだ。
 そのズレは小さくとも確実にプレーに影響を及ぼしてしまい、それが大きなミスへと繋がってしまうのである。

 こういった精神的なものは中々練習で身に付けることが難しく、本人に自信を付けさせることが精々だろう。
 こればかりはどうしても選手の性格に左右されてしまうので、試合に出して徐々に慣れさせていくしか方法は無い。
 ましてや中学を卒業したばかりの一年生がそれをこなしているなど、本来はまずあり得ないことだった。

 だが、稀に現れるのだ。
 グラウンドに立つことが当然とばかりに自信に満ち溢れたプレーをする、肝が据わったブッ飛んでいる選手が――。

『あぁっと、またもやバットが空を切る! 火の出るような直球で二者連続の三振を奪いました! 一年生投手である南雲 太陽、素晴らしいピッチングです!』

 また一つ、南雲はいとも簡単に三振を奪い取った。
 相手の選手も決して下手なバッターと言う訳ではないのに、まるで大人と子供の試合みたく面白いようにバットが空回っている。
 傍から見ても打球が前に飛ぶとは到底思えない圧巻のピッチングだ。

 そうして相手チームのバッターたちが次々とアウトにされていき、フライひとつで相手に追加点が入ってしまうというピンチだった筈が、南雲に交代してからは三者三振で相手の攻撃を終わらせてしまった。

「おぉ……! あいつ、ホントに全員三振にしやがった! マジでこのまま試合をひっくり返して――」

 そこで倉持はハッとする。
 自分はどうしてグラウンドではなくスタンドにいるのかと。
 なぜ自分も一緒に戦っていないのか、と。

(……俺は南雲のプレーを見て、何を満足してんだ? 本当なら俺もあそこでプレーしてなきゃいけないだろうが!)

 確かに南雲は凄いし、彼が活躍しているのは友人として非常に誇らしい。
 既に高校でトップクラスか、下手をすればプロに片足突っ込んでいるのではないかと思うほどのピッチングをしているのは、本当に素晴らしい事だと思う。
 そしてそんな男が投げる球を難なくキャッチしている御幸もまた、自分より何歩も先を行っている選手である。

 しかし、彼ら二人は自分と同い年だ。
 友人たちがあの場で活躍しているのを誇らしく思う反面、今の自分がいる位置と比較して複雑な感情を抱いてしまうのも当然だった。
 グラウンドでプレーしている二人と、スタンドで眺めているしかできない自分。
 普段から近い距離で接している分、その差を明確に感じ取ってしまっていた。

(青道に入ったあの日、全員の前で宣言したことをあの二人は実現しつつある。でも俺だけ、未だに何も進んでねぇ……)

 南雲はエースへの階段を一足飛びに駆け上がっている。
 御幸はクリスの離脱があったとはいえ、正捕手の座を自分の物にする寸前だ。
 有言実行する日は近いだろう。

 だが、自分はどうだ?
 未だに手応えさえ掴む事なく、やっていることは三軍で体力作りのメニューをこなす毎日。
 倉持も確実に体力面では成長している筈だが、既に今結果を出している二人との差は歴然だった。

 それを自覚すると、血が滲みそうになるくらい拳を握り締める。

「……絶対に追い付いてやる。待ってやがれ!」

 はるか先に進んでしまった友人達だが、それなら自分も前に進めば良いと気合を入れ直す。
 目指すは夏の大会で戦力として彼らと共ににグラウンドに立つこと。
 倉持の視線の先には、笑みを浮かべながらベンチへと戻っていく天才の姿があった。

 

 ◆◆◆

 

 綺麗に三者三振で抑えてベンチに戻った俺は、適度に冷えたスポーツドリンクを飲んで一息ついていた。
 いやー、あっという間だったけど楽しかったなぁ。
 今日これがまだ5イニングもあると思うと、それだけで最高に嬉しい気分になる。

「ナイスピッチ。緊張するどころか、練習の時よりも球が走ってんじゃねぇか?」

 ご機嫌な俺の隣に御幸がドカッと座ってきた。

「俺って試合になると元気になるんだよね。それに、今日は特に調子が良いみたいだ。あと5イニングもこの調子でバンバン行くから、御幸もそのつもりでリードしてくれたまえ」

「調子が良いというか、明らかに調子に乗ってんなぁ……。ま、あの球を投げられるんなら別にいいか。ありゃ向こうは絶対に打てないだろうし」

「打たれる気がしないって言っただろ?」

 御幸が言うように、さっきの回の俺の投球はベストピッチングだったと思う。
 ストレートはかなり走っていたし、変化球もキレッキレに曲がっていた。
 自分で思っていた以上にこの瞬間が待ち遠しかったらしく、常にフルスロットル状態になってしまっているみたいだ。

 これが先発だったら途中で確実にバテてしまうだろうが、今日の俺は出場したばかりでまだまだ体力が有り余っている。
 このペースで投げたとしても、余裕で最後まで投げきれると思う。
 今思えば途中登板も悪くなかったかもね。

 ……はっ、まさか片岡監督はこれを見越していたのか?
 も、もしそうなら恐ろしく頭のキレるグラサンだぞ。
 心なしか監督の顔がいつもより怖く感じない気が――。

「む、俺の顔がどうかしたか?」

「い、いえ! なんでもありません!」

 ……やっぱりウチの監督は顔が怖すぎると思います。

 

   

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