俺と御幸が投球時のサインについて確認し合っていると、カキーン!という金属バットの快音が聞こえてきた。
グラウンドに目を向けてみれば、ちょうどクマさんが一塁ベースで止まっている所だった。
「お、さっそく一点入ったか。流石はクマさんだ」
クマさんがチャンスでしっかりとタイムリーヒットを放ち、ランナーを危なげなくホームに返して追加点を挙げている。
点が入ったから青道のベンチがワッと賑やかになった。
うんうん、かなり良いムードだな。
まだ点差はあと三点もあるけど、これならすぐに逆転できるかもしれない。
今はワンアウトでランナーが一塁か……この流れでもう一、二点入れてくれたら最高だ。
点差が縮まればそれだけでチームに勢いが戻ってくるし、俺自身も余計なことを考えずに済むから投げやすくなる。
それにチームの士気が高い方が投げていて楽しいしね。
「さぁて、それじゃあせっかくのチャンスだし、俺もしっかりと点を取ってくるとしよう」
そろそろ打順が回って来そうな御幸は、立ち上がって自信満々にそう言った。
「頑張れよー。何が何でも出塁して、俺に繋いでくれ。そしたら俺が歩いてホームに返してやるからさ」
「……そういやお前ってバッティングもやばかったっけ。ま、ちゃんと繋げてやるから見てな」
御幸はバットを持ってネクストバッターズサークルまで歩いていった。
お手並み拝見といこうか、御幸君?
御幸の前のバッターである二年の伊佐敷先輩は、『どらっしゃぁあい!!』と叫びながら豪快なスイングでバットを振るも、結果はボテボテのゴロを放ってアウトになっていた。
あそこまで力強いスイングだといっそ気持ち良い。
俺もそういうタイプだし、スイングする以上は振り切った方が絶対にプレッシャーを掛けられる。
バットを振る時はちゃんと振り切る、これ大事だよ。
そしてその間にも、抜け目のないクマさんは素早い脚力を活かして二塁への進塁を決めていた。
おっきい身体だけど意外と足も速いんだよね。
咄嗟の判断力もかなり高いし、このチームで一番総合力が高いのはたぶんクマさんだと思う。
『一年生捕手、御幸 一也。先ほど見事なピッチングを見せてくれた南雲投手の女房役として、出来ればこのチャンスでは追加点を狙いたい所です!』
次のバッターはお待ちかねの御幸の番だ。
御幸は落ち着いて打席に入っていつも通りにバットを構えている。
これが一応公式戦の初打席になる訳だけど、緊張しているようには見えないし、しっかりと相手の投手を見据えていた。
ここで結果を残せるかどうかで、打撃面でも使ってもらえるかどうかが決まるな。
頑張れよ、御幸。
緊張感に包まれたまま、初級の明らかなボール球を見送る。
その次に投げられた際どいコースも見送るが、これはストライクの判定。
1ストライク1ボールの後、三球目の球は外に逃げていく変化球だったが、御幸は完璧に配給を読んでいたみたいでピクリとも反応せずに見送ってみせた。
うわぁー、これはまた嫌な見送り方をしたな。
バッテリーとしては、こういう配給を読んでいるような雰囲気を出されるのはかなりやり難い筈だ。
相変わらず性格の悪さがバッティングにも出ているぜ……いいぞもっとやれ!
相手の嫌がることをしてこそ勝機が生まれる。
是非ともガンガンやってもらいたい。
――カキーーン!!
そしてその後の四球目、低めの直球を狙い澄ましていたような鋭いスイングでセンター方向へ弾き返した。
ほぉ、凄いじゃん。
たぶんドンピシャで狙い通りのコースだったな、あれは。
『打ったぁーー! 打球はセンターの深い所まで飛んでいく!』
綺麗な放物線を描きながらセンターの横を通り抜ける長打コース。
二塁にいたクマさんも打球が飛んだ瞬間にスタートを切り、センターがもたついている間に颯爽とホームベースを踏んで帰ってくる。
御幸自身も悠々と二塁ベースへ到着していた。
うむ、良くやってくれたぞ。
この回でこれだけポンポン点を取られたら、少なからず相手のバッテリーは動揺するはず。
特に投手は早くアウトを取りたいと焦るだろう。
そうなれば当然甘いコースにボールが来やすくなる。
フッフッフ、しかも次のバッターはこの俺だ。
御幸が繋いだこのチャンスを潰す訳にはいかない。
乗るしかなかない、このビッグウェーブに!
俺は右打席に入ってバットを構え、ボールが来るのをジッと待つ。
相手投手の苦しそうな表情が目に入るが、この流れのまま一気に同点まで持っていかせてもらうとしよう。
――ブオォォン!!
「ストライク!」
ふむ、なるほど?
ストレートはそこまで速くはない。
俺なら打てるはずだ。
――ブオォォン!!
「ストライク、ツー!」
二球目も強振したがバットの下を通っていった。
あっという間に追い込まれてしまったが、何も問題はない。
次で決めてやる!
三球目が投げられ、俺も力強く足を踏み込んだ。
――カキィィン!!
金属バットの快音が響き、俺の打球はバックスクリーンへ一直線に飛んでいく。
手応えは十分。
確実に芯で捉えることに成功したその球は、最後までその勢いが衰えることなくスクリーンに直撃した。
そしてその瞬間、『ワァァァアア!!』とスタンドの観客が沸き立って大歓声が巻き起こる。
『入ったぁぁあああ!! 試合を振り出しに戻す最高の一撃ぃ! 南雲 太陽、ピッチングだけでなくバッティングもバケモノだぁ! 今年の青道には、恐ろしい一年生が入って来たようです!』
◆◆◆
試合が終わった。
結果は12-7で俺たち青道の勝ちだ。
今日のピッチングは結構良くできたと思う。
ヒットは全部で2本打たれちゃったけど、言い方を変えれば2本しか打たれていないとも言えるし。
もちろん点は入れられてないよ。
ちなみに俺の打率は3打席1ホームランの2打点だ。
え?
残りの打席はどうしたって?
ホームラン打った後の打席は、2打席連続の三振だよ言わせんな恥ずかしい。
ま、まぁ、俺があんまりバンバン打っても他の人たちの立つ瀬がないし?
むしろこれくらいの方が可愛げがあって良いよね。
それと明日も試合があるんだけど、どうやらその試合では俺の登板予定は無いらしい。
でも監督に、『明後日の試合に勝てば、夏の予選でシード権を得られる。その重要な試合でお前を登板させたいと思っていたんだがな……』なんて言われたら何も言えなかった。
監督の信頼を裏切る訳にもいかないし、次もしっかりと勝って結果を残そうと思う。
とりあえず今日は早く帰って風呂に入って寝るとする。
「あ、おい南雲! こんな所で寝るんじゃねぇ! 寝るならせめてバスの中にしろ!」