関東大会初戦の翌日に行われた、二回戦準々決勝の相手は栃木県の高校だった。
その試合の先発は佐藤先輩じゃないもう一人の三年生ピッチャーで、コントロールが良い慎重派の人が登板している。
結果は4-2でウチが勝ったよ。
第1試合みたいに荒れた展開はなく、終始落ち着いたピッチングで流れを引き寄せていた印象を受けたかな。
見ている方もすごく安心して応援していられたし、投手が安定していたから味方のレギュラー陣も良い流れを作りやすかったと思う。
その後に抑えとして佐藤先輩も登板したが、どうやら先輩は抑えの方が適性があるのか、こちらも安定して相手の打線を打ち取っていた。
次からも是非そういうピッチングをして欲しい。
そして今日、この試合を勝てば夏の予選のシード権を獲得できるかなり重要な試合が行われている。
相手は千葉の甲子園常連の強豪校である、『如月総合学園』という高校だ。
結局今日も俺は途中からの登板みたいだけど、一昨日の試合が思ってた以上に楽しかったから別にいいかな。
監督だってそのうち先発を任せてくれるだろうしね。
それに、シード権が掛かっているこの試合で投げさせてくれるってこと自体、結構信頼してくれているんだと思う。
フフフ、そのご期待に応えてみせよう!
「――と、意気込ながらブルペンで待機してたんだけどさ、いくらなんでもこれは酷くない?」
マウンドからスコアボードを見上げると、そこには9回裏で7-2というウチが大幅に勝ち越しているスコアが表示されていた。
野球は最後まで何があるかわからないとは言っても、最終回での5点差はほぼほぼ試合が決まっているに等しい。
ラストイニングだけとか聞いてないぞ!
詐欺だ、責任者出てこい!
あっ、でも監督は出てこなくて良いですからね?
「……まぁ、ある意味信頼じゃねぇか? 残り3人をしっかり抑えてくれるっていう。一応三塁にランナーがいるから失点のピンチではあるわけだし」
「そうなんだけどさ……」
御幸はそう言うが、ランナーを三塁に背負った状態からとはいえ、たった1イニングだけだと確実に物足りない。
別にチームが負けていた方が良かったとは言わないよ?
でもさ、準備万端で待機して、今か今かと出番を待ちわびていた俺の純情を返してくれと言いたくはなる。
「今日勝てば明後日には決勝戦だ。勝ってもトロフィーくらいしか貰えないとはいえ、そこでも投げれるかもしれないだろ?」
「なるほど。まだ決勝が残っていたか」
そういえばまだ試合は残っているんだ。
今日の試合が重要だと片岡監督に言われ続けていたから、頭の中からスッポリ決勝戦のことが抜け落ちていた。
ふむ、それなら別に今日じゃなくても明後日の試合で投げれるかもしれない。
そういう風に考え始めるとやる気がムクムクと出てくるから不思議である。
「よしっ、ならちゃちゃっと打ち取って相手を楽にしてやろう。たった三人、俺たちなら速攻で終わらせられる筈だ」
「だからって油断すんじゃねーぞ?」
「俺は誰だろうと全力だ。心配要らん」
立ち上がりにはほんの少し不安がある気もするけど、きっと大丈夫だろう。
そうして一人目のバッターをシュート方向へ僅かに変化するツーシームでゴロに打ち取り、ワンアウトでランナー三塁。
次の相手バッターは三番の強打者だ。
今日の試合でも3安打とかなりの好成績を残していて、何かを仕掛けてきそうな雰囲気を持っている相手。
そんな打者に対しての初級、カットボールのサインが出たので指示通り投げる……が。
「あ」
投げた瞬間にわかった。
御幸が要求したコースよりも甘く、それでいてあまり変化しないカットボールになってしまっていると。
――カキン!
甘めに入ってしまったほぼ直球に近いその球は、それでも球速は乗っていたので何とか詰まらせることには成功した。
見事に当てられてしまったが、あの当たりならショートフライに……。
『落ちたー! 打ち上がった打球はショートの頭を超え、レフト前へのヒットだぁー!』
うそん……。
勢いは完全に死んでいたというのに、フラフラと打ち上がった打球はショートの頭を超えるポテンヒットとなってしまった。
『ランナー三塁を回って一気にホームへ!』
や、ヤバい!
ボールが落ちたとわかった瞬間に、ランナーがホームに突っ込んでいくのが横目でチラリと見えていた。
あれだけ御幸に啖呵切っておいて、こんな簡単に追加点を取られるのは非常にかっこ悪いぞ!?
レフトを守っているのは……く、クマさんだ!
クマさーん、バックホーム!
――ギュイィィィイン!
『あ、アウトだぁ! レフト田島からの見事な送球によって、ホームへの帰還を許しません!』
レフト前のポテンヒットだったが、そこから田島先輩が文字通りレーザーの如き送球によってホームにランナーを帰さなかった。
今日はホームランを2本も打っているし、クマさんは本当に頼もしい。
「ナイスレーザービーム! 助かったよ、クマさん!」
「……ここでクマさんと呼ぶのはやめてくれ」
遠くの方で少し照れている田島先輩、もといクマさん。
やっぱりあの人は縁の下の力持ちである最高の選手だ。
俺が女なら惚れてるところだよ!
「今のは危なかったな。多少甘く入ったとはいえ、普通にフライでアウトになってもおかしくなかった。まぁ結局点も入らなかったし、切り替えていこうぜ?」
「……もうバットにすら掠らせねぇ。だから今のはノーカンにしよう」
ともあれ、これでツーアウトだ。
ランナーは得点圏に居ないし、今のでツーアウトだから目の前バッターを抑えれば良いだけなのでわかりやすい。
さっきのはイマイチ感覚が掴めずに上手くいかなかったけど、もう完全にスイッチが切り替わった。
……あと一人でゲームセットなんだけどね!
こうして俺の公式戦第二戦目は、不完全燃焼という形で幕を下ろしたのだった。