決勝戦当日、俺は会場の外にあるベンチに座っていた。
まだ試合が始まるまで時間があるので、ついさっき御幸とジャンケンに負けた奴がジュースを買いに行くゲームをしたんだが、負けた御幸が中々帰ってこなくて待ち惚けを食らっているのだ。
本当におっせぇな。
御幸のやつ、一体何処までジュースを買いに行ってんだ?
この時期にコーンスープが飲みたいとか言い出した馬鹿は誰だよ、まったく。
「ねぇ君、ちょっと良いかな?」
「ん……」
腕を組んで目を閉じていると、前方から女の人の声が聞こえてきた。
顔を上げてみるとそこに居たのは、恐らく俺よりも少し小さいくらいの高身長で、髪を後ろでポニーテールにしてラフな格好をしている女性だった。
誰だ?と若干警戒していると、彼女はすかさず名刺を差し出してくる。
「私、月刊『野球王国』っていう雑誌の記者をしている大和田と言います。君の着ているユニフォームって青道高校のだよね? できれば軽くで良いからインタビューをお願いしたいんだけど」
「インタビュー?」
そういえばインタビューを受けるなんて久しぶりだな。
確か中学の時に少しだけ受けた気がするけど、あんまり興味なかったし面倒だったから内容はほとんど覚えてない。
オッサン相手だったらそんなもんでしょ。
でもこのお姉さんは美人だし、御幸が来るまでの間なら付き合っても良いかな。
「今チームメイトを待ってるんで、そいつが来るまでなら良いっすよ」
「ありがとう、すごく助かるわ。上司に話を聞いて来いって言われて困ってたのよ。それじゃあ早速だけど、今年の青道には南雲君っていう凄いピッチャーがいるのよね? その子は普段どんな子なの?」
「どんな子って言われても……」
あれ?
てっきり知ってて突撃して来たんだと思っていたんだけど、俺がその南雲だって気付いてないのか?
自意識過剰……は、恥ずかしい。
しかも、本人にそんな質問されてもめちゃくちゃ答えにくいんだが。
まぁ、適当に言えば良いか。
「うーん、そうっすね。特に普通の生徒とあんまり変わらないと思いますよ。中学までの成績は結構良かったみたいですけど、それが高校でも続くかどうかはわからないですし」
「うんうん、それで?」
「友達とかはまだあんまりいませんね。入学早々で一軍に上がったんで、同じ一年とは数人くらいしか話したことすらありません。先輩たちとは結構仲良くしてると思いますけど」
俺って実は青道の友達って少ないんだよね。
御幸や倉持をバカにしていたが、当然一緒にいる俺も同じようなものだった。
こ、これでも地元には沢山友達が居るんだからね!
「他には何かあるかしら?」
「他に? 得意な教科は英語。苦手な教科は特になし。好きな食べ物はオムライス。嫌いな食べ物は辛い物。最近はまっている事は同室の先輩にちょっかいをかけること。初恋は――」
「ちょっとストーップ! 何で君がそんな詳しいことまで知ってるのよ?」
「本人から聞きました。南雲のことなら結構知ってますよ、俺」
だって本人だし。
身長や体重、何なら産まれた時のグラム数まで知ってるよ。
「な、なるほど。それじゃあさっきの続きを聞かせてよ。ほら、初恋云々ってやつ。もちろんこれは記事にはしないから」
「えー、でもやっぱり俺の口からそれを言うのはちょっと……。ちなみにお姉さんの初恋はどんな人でした?」
「わ、私の初恋? そうね……私は学生時代の先輩で、眼鏡を掛けたイケメンだったわよ。そこから私は眼鏡フェチになったと言っても過言ではないわね」
「へぇー、お姉さんって眼鏡が好きなんだ。あ、それなら青道にも一人オススメしたい奴がいますよ。御幸 一也って選手なんですけど、知ってますか?」
「御幸君? 名前だけなら聞いた事があるけど……そんなにイケメンなの?」
お姉さんの言葉に俺は大きく頷く。
「ええ、そりゃもうイケメンですよ。多少性格に難がありますけど、見た目だけはかなり良いですね」
「君レベルのイケメンが言うなら間違いなさそうね。なら是非御幸君にも取材したいわ!」
その後気付けばインタビューから恋バナへと話題が移り、すっかり俺も会話を楽しんでいると、ようやく御幸が戻ってきた。
その手には袋をぶら下げており、自販機や売店には無かったのかコンビニまで行ったらしい。
ご苦労ご苦労。
「おい、南雲! 買ってきてやったぞお望みのコーンポタージュをな! コンビニまで行って来たんだから味わって飲みやがれ!」
「はははっ、やっと帰ってきたか。すっかり待ちくたびれたぞ。それじゃあもう行くね、記者のお姉さん。おしゃべり楽しかったよ。よかったら俺のピッチング見ていってね」
「え、南雲って……ちょ、待って――」
はい、しゅーりょー。
記者のお姉さんが何かを言ってくるが、有無を言わさず立ち上がって強制的に終わらせる。
またね、美人さん。
試合が終わった後に時間があったらインタビューされてあげても良いかな。
勝利投手インタビューでもやってくれたら喜んで答えるよ。
多分だけど。
「誰だ、あの人?」
「月刊ナントカっていう雑誌の記者さんだってさ。なんか南雲って選手の事を聞いてきたんだ。だからとりあえず適当に答えて、何故か最後にはお姉さんと恋バナに発展していたな。あ、眼鏡を掛けたイケメンがタイプだって言ってたから、しっかりと御幸のことをオススメしておいたぜ」
「……いや、まったく意味がわからん」
サムズアップする俺に、御幸は理解不能という表情を浮かべていた。